子ども達に。正しい歴史を教えよう
私のエネルギーではそこまではできない。と、悩んでいた時、タイミングよくlこの記事に触れることが出来た。
さすが、専門家だけあって短く、良くまとめている。
早速、この記事を拝借して、現在韓国が我が国を貶める内容の可笑しさ、矛盾点について考えてみたい。
引用開始
「日本は朝鮮半島を軍事力で植民地化し、収奪の限りを尽くした」
そこで、かって李朝に反旗を翻した東学党の流れをくむ人々が「一進会」を結成し、日本との合邦運動に立ちあがった。代表の李容九(イ・ヨング)は一進会100万人会員の名簿で、全国民に訴える合邦声明書を発表した。続いて、韓国皇帝に対する上奏文、曾根荒助(そねあらすけ)統監、李完用(イ・ワンヨン)首相へ「日韓合邦」の嘆願書を出している。
これに対し、初代統監だった伊藤博文は大反対した。彼の願いは韓国が近代化を遂げ、やがて日本とともに東亜(=東アジア)に並び立つことにあった。
ところが、その伊藤を、安重根(アン・ジュングン)がという人物がハルピン駅頭で暗殺してしまった.安自身は、日露戦争における「日本国天皇の宣戦書」を高く評価し、日本の勝利を称えている。裁判の過程では、何と「天皇陛下の父君(孝明天皇)を殺害した」ことを、伊東暗殺の理由の一つに挙げている。
しかし、それには膨大な費用が必要となる。実際、1905年から45年まで、国家予算の10%以上を朝鮮半島の支援に充てている。「収奪された」のはむしろ日本の納税者なのだ。
一方、韓国にとっても日本と一体化する以外に外国の植民地とならず、近代化を遂げる道は無かった。当時、最大の政治勢力であった一進会の訴えもあって「日韓合邦」への「民意」が韓国内に拡大し、李完用首相以下閣僚も近代国家へ脱皮するための唯一の道として日韓併合を選んだ。
「日韓併合」は当時の弱肉強食の時代に、日韓それぞれが生き残るために選んだぎりぎりの「マイナスの選択」であった。
松木国俊(朝鮮近代史研究所所長)、
引用おわり
戦後の韓国は、我が国の敗戦により、併合はその時点で終了したのだが、どの国にも相手国がどんな居に犠牲を払い、お互いの為にと頑張っても大きな憎悪の気持を持ち続ける人間が居る。
その一人が、李承晩大統領(当時)であろう。
国際法を無視して、戦後のどさくさにまぎれ”李承晩ライン”を引き、我が国の漁民が乗り込んだ漁船をどれだけ拿捕したことか。当然、紛争に呑み込まれ命を失った漁民、逮捕されて刑務所に収監された漁民が多数居た。
古来からの我が国の領土である竹島を不法占拠して、既成事実を積み上げる。
現在は、慰安婦問題や徴用工の歴史をねつ造して,シナとタッグを組み日本を貶めることに、血道をあげている。
日韓併合にしても、今では一方的に歴史を歪曲して、日本攻撃に使っている。
そこまでして、日本に見放されたときには、どんな結果が待っているのか。
この国の国民は考えたことがるのだろうか。
日韓併合がなければ、間違いなく韓国はロシア、或いは欧米列強の植民地になっていただろう。
それを、日韓併合があったからこそ、韓国は植民地にならずに済んだ。
このような、歴史の事実をまげて、日本を歴史修正主義の国だとのレッテル張りを平気で行う。
今、我が国の歴史教育も危険水域で危うい状態だ。
私たちは、ねつ造された史実に敢然と立ち向かい。正しい歴史を子どもたちへ伝えていきたいかなければならない。