今こそ道徳教育の充実を…

 年間を通して問題になる教育現場での「いじめ」は、治まるどころか減少する気配もない。
 年配者の一部からは、「いじめは昔からあった」という声も聞かれるが、私の記憶する限りでは、今ほどしつこく対象者を追い詰めたり、陰湿さをあらわにしたイジメぶりは、ほとんど無かったような気がする。
 
 誰にも相談できずに、最悪の場合は自ら命を絶つという例も度々だ。
教育の総本山といえる学校現場では、教科学習の充実や部活動などの奨励には熱心だが、子どもたちの心の問題をあまり重視した取り組みは出来ていないのではないか。
 
 戦後、いち早くGHQの指導のもとに、戦前の道徳教育を学校現場から追放したことも、今日の子どもたちの心の荒廃の一因になっている気がしてならない。
 つまり、心を育てず、主要教科を中心とする学力の向上を目指したツケの一つが”いじめ”という形で表面化しているのではないだろうか。
 
 最も、家庭で子どもを育む親、学校で教鞭をとる教師、それぞれが、道徳教育などとは無縁で育った人たちだ。
 そんな大人たちの指導のもと、育って行く子供たちに「心を育てよ」というのは無理な話だ。
 
 その挙句、今、テレビなどを賑わしている「このハゲ―ッ!」と暴言を吐いた国会議員など、モンスターといわれる人物が育ったと思う。
 この人は、学校での成績はいつも最高位で、学力の面ではそれなりの尊敬を集めたのであろう。
しかし、人間が成長する中で、一番身につけていかなければならない人格が欠落したまま、大人になったという気がしてならない。
 
 それはそうと、武蔵野大学教授の貝塚茂樹という方の
 ”安倍晋三首相の写真が掲載された道徳教科書へのお粗末な「イチャモン」”
というタイトルで来年4月から小学校でスタートする「特別の教科道徳」に対する記事が、産経ニュースに掲載された。
 
 その中で教育出版という教科書発行会社の道徳の教科書をめぐって、各地の教育委員会への不採択を呼び掛ける文書が大量に送付されているらしい。
 
 不採用を呼び掛ける理由は、中身の文面や取り扱いに関することではなく、その教科書に安倍晋三首相の写真が掲載されていることへの”イチャモン”らしいのだ。
 一国の総理大臣の写真が教科書へ掲載されることについては何らおかしいことではない。
 貝塚教授も「政治家の写真を教科書に掲載することを否とすると、歴史や公民の教科書での過去の政治家の掲載まで否定することになり、それはおかしいのではないか」との意味の意見を述べている。
 
 要は、この教科書が内容に何ら問題は無く、文科省の検定に合格したので、それに対するイチャモンはつけられない。そこで、写真の掲載にイチャモンをつけて、不採択の理由にしようとしたのではないか。
 不採択の呼びかけを行った連中のお粗末さには、呆れる想いがしてならない。
 
 貝塚教授はこうも書いている。
今年3月に、文部科学省が出した通知では「外部からのあらゆる働きかけに左右されることなく、静ひつな環境を確保し、採択権者の判断と責任において,公正かつ適正におこなわれること」を求めた。
 
 また、円滑な採択事務に支障を来すような事態が生じた場合や不当な働きかけがあった場合は、警察などの関係機関とも連携を図りながら「毅然とした対応を取ること」も求めた。
 おそらく採択は公正に行われたのであろうが、少なくとも「静ひつな環境」が十分に確保されたかは疑問である。(武蔵野大学教授 貝塚茂樹
 
 自分たちの意に沿わない教科書の採択については、これまでも強硬な抗議や集団で教育委員会へ圧力をかけるといった実力行使がまかり通ってきた。
 このような行為に何の疑問も持たず参加する人々の心の問題こそが、人としての正しい道を進む、まっとうな倫理観の持ち主を育む教育の必要性を物語っているのではなかろうか。