ユネスコと中国の歴史ねつ造
ユネスコの記憶遺産というのは、どのような視点で登録を決めるのだろう。
有力国の圧力次第なのか。その決定を客観的な証拠や丁寧な検証を積み重ねた上で決めているのか。
私には疑問だらけである。
とくに、史実を事実確認など無視して決定するとなると、ユネスコ自身のあり方さえ問われてくる。
この組織は多くの国連加盟国の負担金で運営されているわけだが、国連参加国の中には国自体の経済力の無さから、自国民の生存さえ危うくなるような国もある。
そのため、余裕のある国々は、経済力の無い国の国家予算に匹敵するような分担金を負担して、人類の幸せや希望、将来の平和な人類社会の訪れを期待してその国の国民が治める血税を供出している。
それが、本当に起こったかどうかわからないような、事象に対して記憶遺産としての登録を決める。
今までにあらわになったことから推察しても、1937年当時の南京の人口は20万人足らずであったことは事実である。
そのようなところで、どうして中国の言う通り30万人が虐殺出来たのか。
しかも、1937年12月に日本軍が南京を落とした後も、南京の人々は大勢の日本軍の兵士相手に会話をしたり、物を交換したりしていたという。
日本軍が南京から去った後の南京の人口は、25万人に増えていたという。
これらの事実から、どう考えても日本軍が南京で30万人を虐殺したという中国の主張は矛盾だらけなのである。
ユネスコはこのような事実を検証したのか。
このまま、中国の思惑通り記憶遺産登録されれば、我が国としては、即、分担金の停止をすべきだ。
ここまで中国のウソを世界に認めさせる行為に平然と加担するユネスコに世界一に等しい分担金をなぜ支払う必要があるのか。
ここまでなめられては日本国民としては、戦勝国の都合で作られた国連から脱退を考えても良いのではないか。
今や国連は、無能な事務総長のもと、何の国際的役割も果たしてはいない。
頭の中が書いているうち相当カッカとしてきた。このままだと、さらに訳の解らない文章を書き連ねそうなので、そろそろやめよう。