ゲン爺と野ウサギ(1)

私は2012年の10月ごろ、「幻影の彼方」という長編小説をこのブログに掲載したことがある。昨日、履歴を調べていたら何と一昨日あたりに、その小説に目を通してくれた人が居ることが分かった。
 もう、3年も前のことなので忘れていたのだが、それだけにうれしかった。
長編や短編、現代ものや時代物いろいろ好き勝手に創作するのだが、今、手元に飯田高原で保護した野ウサギの物語を短編で仕上げたものがあるので、久しぶりに掲載してみようと、今日は日ごろとまるで違う、私の初めての童話をこの欄で発表させていただくことにしました。
 ご興味があれば、ご一読お願いいたします。
それでは、始まり、始まり…。
 
「ゲン爺と野ウサギ」              作・ゲンゴロウ
 
 ボクは野ウサギの子どもで、ピースケ、妹はリンといいます。
僕たちの名前は、僕たちを育ててくれたゲン爺とホタルちゃんの孫である、ユウちゃ
んという小学3年生の女の子が、つけてくれました。
 
 九州の中央に、九州で一番高い山々が連なる九重連山(くじゅうれんざん)という山岳地帯があります。その北側のふもとには飯田高原(はんだこうげん)という広い草原地帯があって、その一角に「銀河の郷」と言う集落があるのです。
 飯田高原は標高が1000メートルの高地です。
ですから、冬の高原はマイナス15~20度近くまで気温が下がり、道路は凍りつきます。冷たい北風がようしゃなく吹き荒れ、ここを訪れる人はほとんど居ません。
 
 ママのおなかの中で、僕たちが育っているころ、ママは、僕たちをどこで産んで育てようかと、雪深い草原かけまわりながら考えました。
 他の動物に見つからなくて、エサがたくさんありそうなところを探して野原をかけまわるうちに、人間が居ない家が立ち並ぶ「銀河の郷」を見つけたのです。
 
 冬の凍てつく(いてつく)気候の中、温かな太陽がふりそそぐ春までは、ここは人が訪れません。集落を囲むように、十数軒の家が立ち並び、真ん中に200坪ほどの空き地が広がっています。
 僕たちのママは、静かなこの郷がすっかり気に入りました。
 ここなら安全そうだし、この草むらにはおいしいタンポポがたくさん小さな芽を出している。
 「よし、ここにしましょう」
ママはこの郷で僕たちを産んで育てようと決めました。
 
 そして、ゴールデン・ウイークが始まろうとする4月の最後の土曜日に、僕たちは50センチ近くに伸びた草むらの中で生まれました。
 
生まれたての僕たちは、お腹がすくと、ママのお乳を腹いっぱい飲み、寒くなるとママのお腹に身体をくっつけて寝ました。
 妹のリンちゃんは、いつもボクのまねをして、ボクと同じことをするので、ママとボクはそれがおかしくて、大笑いしてしまいます。
 
 5月がすぐに来るこの季節は、昼間は温かくて良いのですが、夜ともなると気温がぐんぐん下がり、ボクもリンちゃんもママのお腹から伝わる温かさでぐっすりと眠ることができるのです。
 
 お乳を飲んで眠くなると、ボクとリンちゃんはすぐにママのお腹へ顔をくっつけます。ママのお腹はあたたかくて、ゆっくりあちこちに動きます。
 僕たち野ウサギの耳は、飼いウサギに比べて短いので、耳を当てるとママのお腹の中から「グウ、グウ」とか、「ドクン、ドクン」というような音が聞こえてきます。
 
 ボクたちは、このママのお腹から聞こえる音が子守唄になって、いつの間にか眠ってしまうのです。
2~3日たつと、目が見え始め、周りの様子が少し解り始めてきました。
 
 ゴールデン・ウイークに入ると、静かだった郷にも、おとずれる人が多くなり、ボク立ちにとって居心地(いごこち)が良かった草むらの様子も変わり始めました。
 ママは自由に動けないボクたちを、身体で包み込むようにしてお乳を飲ませてくれ、人間に見つからないように、自分はお腹が空いているはずなのに、夜になるまでは、草を食べに行こうとはしません。
 
 そんなある朝、すごいエンジンの音がして、人間がボクたちの住む草むらへ入ってきました。
 ボウボウに伸びた空き地の草を刈り取るため、草刈りの得意なクロちゃんと呼ばれているおじさんが、草刈り機で僕たちのすぐ近くの草むらを刈り始めたのです。
 
 ママは身の危険を感じたのか、ボクたちをそのままにして、ものすご勢いで草むらを走り、どこかへ姿を消しました。
 あとで聞いたら、動物の親は子供へ危険が及ぶと判断したとき、自ら”おとり”になって、こどもの近くから危険の原因を遠ざけようとするらしく、ママのこの時の行動はまさにそれを実行したのでした。
 
「今、ここで何かが動いたよ」
女の人が大声で叫んでいます。
エンジンのスイッチを切ったクロちゃんが近づいてきて
「なにか、あったの?ホタルちゃん」
ホタルと呼ばれた人が
「たしか、ウサギのようだったけど、あっという間に姿を消したわ」
「こんな人間が暮らすところに、ウサギが居るはずがないよ」
別の男の人の声がします。
 
 ボクとリンちゃんは、見つからないように、息を殺して背の高い草のかげで身を寄せ合いました。
生まれてすぐのボクたちは、まだ、足の力が弱くて思うように動けないのです。
人間に見つかったらどうしょう。ボクたちは生きた心地(ここち)がしませんでした。
 
 やがて、
「ノラ猫でもいたのだろう」
と、クロちゃんがつぶやきながら、別の場所へ移動して行きました。
しばらくして、クロちゃんは他の用事を思い出したのか、草刈りをやめてどこかへと行ってしまいました。
 
 ボクたちは、ホッと一安心です。
しかし、生まれてすぐのボクたちは、何とかしてここから逃げようと思っても、とうていママのように素早く動くことはできません。
 ボクとリンちゃんは、身を寄せ合いながら草むらでじっと息を殺して、ママが帰ってくるのを待ち続けました。
 
 やがて、日が暮れて、郷は寒さに包まれ始めました。
空には一番星がまたたき、夕やみが迫ってきます。
夜になると、ママが帰ってくるものと思っていたのに、いくら待ってもママは帰って来ません。
 
 夜空には無数の星がままたき、草むらを取り囲む家々からは、楽しそうな人間の声が聞こえてきます。
ボクたちが潜む(ひそむ)草むらは、暗闇(くらやみ)に包まれ、心細さと空腹で、リンちゃんはボクの胸に顔をうずめ
「ママあーっ、早く帰ってきてえ…」
と、泣き始めました。
 ボクもリンちゃんと同じ気持ちで、寒さと怖さ、お腹が空いて、このままママが帰ってこなかったら、どうしょうと、気持ちは沈むばかりです。
 
 でも、ボクはお兄ちゃんなのだ。ボクが泣きだしたらリンはもっと心細くなるだろうと、いっしょうけんめいに、つらさをガマンしました。
 やがて、泣きつかれたのか、リンちゃんはボクの胸に顔をうずめてすやすやと寝息を立て始めました。
 
 怖さと心細さに空腹が重なって
…明日になれば、ママは帰ってくるかなあ、帰ってこなかったらボクたちはどうなるのだろう…
 次々に不安な気持ちが、頭をよぎります。
 いろいろ考えて行くうちに、疲れがボクの身体を包み、ボクもいつの間にか眠ってしまいました。
 
 次の朝、再びそうぞうしい草刈り機のうなる音がして、ボクたちは目覚めました。
クロちゃんがまた草刈りを始めたのです。
 ボクたちからわずか1メートルのところで、ざわざわと足音がします。
 ボクもリンも昨日の恐怖がよみがえり、生きた心地がしません。
 
ところが、エンジン音がすぐに止み
「ゲンさーん、ちょっと来てえ~」
と、クロちゃんが、誰かを呼んでいます。
 やがて、昨日ホタルちゃんと呼ばれた女の人が帰った家から、白髪頭のお爺さんが顔を出し
「クロちゃん、お早う。何かあったの?」
「ここに、ウサギの赤ちゃんが居たよ.2匹いるバイ」
 ゲンさんと呼ばれたお爺さんは、急ぎ足でクロちゃんに近づき
「昨日のホタルが騒いだのはウソではなかったのだな」
近寄ったゲンさんはボクたちを見下ろしながら
「これは、生まれて2~3日しか経っていない。親ウサギが居たはずだが草刈り機の音が怖くて逃げたのだろう」
そばからクロちゃんが
「ゲンさん、どうしたらいいかねえ。俺はウサギなど飼ったことが無いし、あんた、飼いしゃらんね」
「多分、親ウサギは帰ってこないだろうねえ。ここにそのまま居てもお乳は飲めないし、ノラ猫やキツネに襲われるだけだ。ダメもとで、大きくなるまで飼ってみようか」
と、ゲンさん。
 
 クロちゃんとゲン爺の話を聞いていたホタルちゃんが近寄って、動けないリンちゃんを手のひらに乗せながら
「まあ、可愛いウサギの赤ちゃん。ねえ、飼って大きく育てましょう」
 ゲン爺は少しむずかしい顔をして
「生まれてすぐだから、お乳を飲むかどうかだ。お乳を飲んでくれれば育つかもしれない。とりあえず牛乳を飲ませてみるか」
「そうしましょう。そうしましょう」
と、ホタルちゃん。
 
 
 ゲン爺とホタルちゃんは、段ボールの箱を持ってきて、ボクたちをその中に入れて、家に帰りました。
「スポイドがあれば良いのだけれど、ここには何も置いていない。そうだ、スプーンで飲ませてみよう」
 ゲン爺は、ボクを手のひらに乗せて、スプーンで牛乳をすくい、ボクの口をこじあけました。
 怖くて、固く口を閉じているボクの口に、牛乳が少しだけ流れ込みました。
昨日からお乳を飲んでいなかったボクは、思わずゴクリと牛乳を飲みこみました。
ママのお乳のあたたかさと違い、冷蔵庫から取り出した牛乳は冷えていたのですが、空腹のお腹にはそんなことは、関係ありません。
 ボクは空腹を満たすため、スプーンの牛乳をゴクン、ゴクンと飲みほしました。
「しめた、牛乳を飲めば、充分育つ。今度はそちらのウサギにも飲ませてみよう」
「こっちは私が飲ませるから、あなたはそのウサギにもう少し飲ませてあげて」
ホタルちゃんはリンちゃんを手のひらに乗せながら、ゲン爺に言いました。
 
 初めは怖くて、身体を固くしていたボクは
…この人たちは、思ったより優しそうだ…
いくらか、ボクは落ち着いてきました。
 となりでは、ホタルちゃんの手の平で、リンちゃんが美味しそうに牛乳をのんでいます。
「今日はこれから仕事があるので、町の家まで帰るぞ。ウサギはこのまま連れて帰ろう」
お腹がいっぱいになったボクたちを箱に入れて、ゲン爺たちは帰りの準備を始めました。
 
 車へ荷物を運び入れ
「さあ、出発だ」
ゲン爺がホタルちゃんをうながして車へ乗り込みます。
「この子たちは、私が箱ごと抱えて乗るね。山道だから途中で車が揺れたらビックリするだろうから、丁寧に運転してね」
 ゲン爺とホタルちゃんは、仲間のクロちゃんやカナメちゃんに別れを告げて、郷をあとにしました。
 
 
 車はゆれながら、坂道を降りて行きます。カーブなどでは大きく揺れるのでゲン爺はいつもよりスピードを落として運転しました。
 ホタルちゃんはしっかりと段ボールの箱を抱えてくれていたので、ボクたちは揺れに対する怖さは感じなくて済みなした。
 
 でも、これからどこへ連れて行かれるのだろう。もう、ママには会えないのかなあ。などと、不安な気持ちは高まるばかりです。
 途中で、下の町に出たとき、大きな店の前で車は止まりました。
「私が良さそうなのを買ってくるから、お父さんはこの箱を持っていてね」
ホタルちゃんは、そう言い残して店の中へ入って行きました。
 やがて、
「ほら、これなら良いでしょう。ふたも付いているし、小さな隙間がいくらでもついているから息もできるしね」
 ホタルちゃんは得意そうな笑顔で車に乗り込んできました。
 
 どうやら、ボクたちが生活するためのバスケットを買ってきたようです。
その後は、寄り道をしないで車はゲン爺とホタルちゃんが暮らす街の家へ到着しました。
 荷物の片づけが終わると、ゲン爺は、台所から料理用のはかりを持ってきて、ボクとリンちゃんを変わり番こに乗せ体重を測ってくれました。
「170グラムと165グラムだ。たくさん食べて300グラムくらいになれば、野原に放してやれるぞ」
 ゲン爺はホタルちゃんに
「おい、写真を写してユウに送ってやれ。ユウの感想が聞きたい」
 ホタルちゃんは、ボクとリンちゃんをいっしょに写したり、別々に写して孫のユウちゃんに写メールしました。
 すぐにユウちゃんから
「可愛いねえ。山のウサギって白くないのね。私が九州へ遊びに行くまで飼っていてね」
ホタルちゃんは少し困った表情で
「これは、野ウサギだから、いずれは野に放してあげるの。今は小さ過ぎてこのまま放せないけど、自分で生活できるようになれば、自然の中で暮らすのがいちばんだからね。それまでにユウちゃんが、おばあちゃんのところに遊びに来てくれると、会えるのだけどねえ」
「このウサギ、名前はまだついていないのでしょう。私につけさせて」
「それは、グッド・アイデアね。素敵な名前をつけて頂戴」
「ええと、一匹はリンちゃんて言うのはどうかしら。もう一匹はピースケが良いわ」
「とても、良い名前よ。おばあちゃんたちもこれから、リンちゃん、ピーちゃんと呼びます。そうそう、ウサギの数え方だけど、ウサギは一匹、二匹…とは数えないのよ」
「じゃあ、どのように数えるの、教えて」
「ウサギの場合は、鳥のように一羽、二羽…と数えるのよ」
「そうなんだ。動物なのにどうして鳥と同じ数え方をするの?」
「どうしてだか。それはユウちゃんが自分で調べるのが良いわねえ。他にも不思議な数え方が見つかるかもしれないよ」
「わかった。図書館で調べてみるわ。ピーちゃんとリンちゃんによろしくね」
 こうして、ボクたちの名前がつけられたのでした。
 
                                 次へ続く