ピアノを嫁に出す

娘が小4のとき、周りの偉い先生方から
「そろそろグランドで練習してはどうか。アップライトとグランドでは表現の幅が
かなり違うので、これからもっと上を目指すならグランドピアノで練習することをお勧めする」と。
 
私たち夫婦は、何もわからないまま知り合いの業者から、ヤマハのC7という
ピアノの購入を決めた。長さが2.5メートル、重さは400キロをこえるでかいピアノだ。
 それから娘はその新しいピアノとともに成長し、念願の音大付属に入学、15歳で住みなれた我が家を離れた。
 
月日は去り、数年前から娘は
「私がそちらへ帰ることはないので、あのピアノは処分したらどうか。あんなでかい
ピアノは都会地の家にはなかなか置くところが見つからない。学校やコンサートホールでは、需要があると思うので古くなって痛みなど来ないうちに、処分して欲しい」
と会うたびに何度も要求された。
 
仕方なく我々は、業者の方にお願いして嫁入り先を探していただいていたら、
先日「ピアノの査定に伺いたい」と、業者の方から連絡があった。
 
話はとんとん拍子に進み、本日搬出にやってくるという。
 
その話を娘にしたら、電話口で娘は泣き始めた。
幼い時から親しんで来たピアノ。いざ処分ということになったら、これまでの
娘の音楽活動が走馬灯のようによみがえるのであろう。
娘は免税品のピアノを自宅に持っているのだが、それぞれの機種に私たちには
判らぬ思い出があると、泣きじゃくりながら訴える。
「私、ピアノを弾きに帰るわ。手元を離れると2度と御縁がなくなるから」
 
昨日、娘は帰省してすぐにピアノを弾きはじめた
 
このピアノには私たちもたくさんの思い出があり、とくにモスクワ音楽院の教授
ミハイル・ボスクレセンスキーさんが、娘の指導で我が家を訪れたとき、
私たちに短い曲ではあったが、自ら演奏をしてくれて
「よいピアノだ」とほめてくれたことが忘れられない。
 
午後1時には、業者が引き取りにやってくる。
もちろん嫁入り先がどこかは判らないが、どこに嫁いでも多くの人に愛されて欲しいなと、少し神妙で複雑な想いがしてくる。