幻影の彼方(69)

 二人が菅野や木田の身辺の洗い出しを相談しているとき、再び管理官から呼び出しを受けた。
 何事かと、部屋のドアを開ける。そこには、田代警部も待ち構えていて
中国道に設置されたNシステムからの、面白い映像が届いたよ」
 安川と長尾は、その言葉に顔を見合わせた。
「8月23日の深夜、木田が運転する車が、上り線を走っているところが捕捉されてねえ。その様子がNシステムでバッチリ捉えられたというわけさ。三次を過ぎたあたりだよ」
 久賀管理官が、あとを引き継ぎ
「24日の早朝には、下り車線でも撮影されている。木田は出身が、岡山県新見市であることも判ったよ」
 安川が
「それじゃあ、庄原や七塚原での土地勘があったということですね」
「うん、そうだ。門脇の遺体を遺棄したのは、間違いなく木田の仕業だな」
「その日の前後に、菅野のアリバイがあったわけですねえ」
「菅野を逮捕して車を押さえれば、トランクルームあたりから、門脇の髪の毛などが出てくるかもしれないな。これは、木田の車についても同じことが言える」
 と、田代警部。
 続いて久賀管理官が
「今、逮捕状を請求している、明日は、熊本へ逮捕に向かってもらうぞ」
 
 こうして、次の日、菅野と木田は、福都中央署員の手で逮捕された。
 特に、菅野は病院での勤務中であったことから、病院内は騒然となり、診察室や菅野の部屋は、警察官意外は立ち入り禁止となった。
 あわただしく出入りする捜査関係者を、興味津々で見つめる外来の患者やその家族たちは、言葉を発することも出来ず、呆然とその様子を見守った。
 押収された2台の車からは、予想通り、門脇の毛髪が発見されるなど、物証が次々に集まってゆく。
 菅野の逮捕に同行した安川と長尾は、無言で固い握手を交わした。
 まさに、ふたりの執念の捜査が実を結んだ瞬間であった。
 
 逮捕されてからの菅野は、素直に取り調べに応じた。
 菅野の話しによると、
 3年ほど前に、ふらっと立ち寄った木田が経営するダーツ・バーでの、木田との出会いが、ことの発端であった。
 木田は菅野が、肥後学園大学病院の医師だとわかると、積極的に菅野に接近するようになった。
 世間知らずの一面がある菅野は、木田に何の疑念も抱かず、木田から”先生、先生”と持ち上げられると、いい気になり、親しさを増していった。
 そのうち、木田が精神安定剤を、自分の健康上の理由から欲しがり始め、最初はきちんと診察を済ませた上で処方した。
 親密さが進むと、忙しさなどを理由に、診察を受けずに処方するようになり、薬の量も増えてゆく。
 半年ほど経過した頃、木田は薬を世話していただいたお礼だと、10万円の現金を菅野に手渡した。この時点で、菅野はもらう理由は無いと判断したのだが、それ以上は深く考えずに、その金を受け取ってしまった。
 それが、木田の犯罪への手助けになっているとは思わずに、ただ、プライベートに使える金を手にした満足感の方が大きかったといえる。つまり、それだけ菅野がボンボンで、木田はいとも簡単に、その心の隙間に忍び込んだ来たというわけであった。
 一度、金を受け取ると、それが弱みになり、木田のエスカレートしていく要求に、抵抗できなくなる。医師の処方箋が無ければ入手できない危険な薬物は、若者の間で人気があり、木田は自分が経営するダーツ・バーへ、それを目的で集まる連中に高額で売りさばいた。
 いつしか、噂が街に広がり、木田は警察の手入れを受け、有罪になる。
 しかし、入手ルートを、外国人から入手したとしか供述せず、初犯であったことも幸い(?)し、懲役1年、執行猶予3年の判決を受け、この事件は終わった。
 木田が頑固に口をつぐみ、菅野との関係を自供しなかったことは、菅野の木田に対する大きな信頼へと変わっていった。
 それからの二人は、手を出してはいけない病院で医療用に使う、モルヒネなどにも手を広げ、違法行為はエスカレートしていった。
 木田からの謝礼金も大きくなり、菅野は遊ぶ金に不自由しなくなり、犯罪に手を染めているという、罪悪感はどんどん薄らいでいった。