幻影の彼方(59)

 長尾は、安川との話を元の話題に戻そうと
「繰り返しになりますが、僕は秋元くんの証言を信じます。一方で、今日の”はな阿蘇美”での聞き込みは、それを否定することだらけでした」
「そうだよ。俺は聞き込みを重ねて行けば、行くほど、菅野のアリバイの完ぺきさを実証しているようで、やりきれない想いで一杯になっていったよ」
「それでも、このアリバイ、少しおかしいとは思いませんか?」
「君はどの部分がおかしいと思っているんだい」
「それが・・・、どことは、はっきりと云えないのですが、どこで訊ねても、ことさら自分の存在を見せ付けるというか・・・」
「たしかにそれは云えるよなあ。病院で菅野が自信ありげに、あの日の行動を喋ったことも、はな阿蘇美の周辺で、見方によってはかなり目立つ行動をしたことも、怪しいと言えば、怪しいなあ」
「僕は、あの日の彼の行動に、作為の匂いがしてならないのです」
「どこかに、菅野のアリバイを崩すポイントがあるはずなんだがなあ」
 二人とも空腹ではあったが、疲れが眠気を誘い、いつしか同時に口をつぐんだ。
 そのまま、夕食も食べずに寝息をたて始める。
 失意の二人は、その日の出来事を忘れるように、そのまま朝まで眠り続けたのであった。
 
 長尾は夢を見ていた。どこまでも広がる青い空の下、遠くにテッペンがギザギザにとがった山が見える。長尾は、いつか瑞希とともに訪れたいと思った、ヒゴタイ公園に立っていた。
 背丈ほど伸びたコスモスが花をつけ、風に揺れている。公園の別の畑では盛りを過ぎたヒゴタイが、重そうに球形の花をかしげている。
 その向こうから、瑞希が顔を出し、長尾を手招きしている。
 長尾は
瑞希さーん」
 と、大声で手招きしている瑞希のそばへ駆け寄る。
 瑞希は、長尾が追いかける分だけ、後ずさりして、ふたりの距離は縮まらない。
 長尾は、なおも追い続けるが、瑞希には近寄れない。
 夢中になって追いかける長尾に、優しい微笑みを絶やさず後ずさりする瑞希は、後ろが急な崖になっていることに気がつかない。
 長尾は
瑞希さん、それ以上、下がると危ない!」
 必死で声を振り絞るが、瑞希の耳には届かないようだ。長尾が思いっきり走り出した瞬間に、瑞希の姿が視界から消えた。
 
 はっ!として、長尾は目を覚ました。
 となりのベッドでは、安川が軽い寝息を立てて眠っている。
 フロントに下りて、長尾は新聞に目を通す。社会面をめくろうとして、突然、長尾は、頭の先に電気が走ったような感覚に襲われた。
 彼は、読みかけの新聞をそこに放り出して、足早に部屋に引き返した。