幻影の彼方(52)

 久賀管理官は、長尾からの報告を受け
「これで突破口が見つかったなあ。いやあ、ご苦労様でした。皆さんの執念の捜査が実りましたねえ」
 労をねぎらう久賀警視に、安川が
「あとの捜査会議で、菅野のことに触れますが、それまでに菅野について、情報をもう少し得たいですねえ」
 そばで、3人の報告を聞いていた田代警部が
「そのことについてだが、重大な情報が一つあるぞ」
 みんなが田代警部に注目する。安川が待てないように
「重大な情報とは、どんなことですか?」
「いやあ、黙って聞いていて、”菅野”という名前が出たときは驚いた。思わず、頭の中がカアーッとあつくなったよ」
 中々本題に入らない田代警部の様子を観ていて、久賀管理官もイライラしたのか、
「田代くん、そんなにもったいぶることはないだろう。早く、どんな情報か話せよ」
 と、催促するように田代警部にうながす。
「実は、先に逮捕した村井のことですが、村井は養子縁組で姓が変わっています。なんと、彼の旧姓が菅野なんです。つまり、菅野基樹と村井隆が実の兄弟である可能性が大きいですねえ。彼らの昔の本籍地などを調べれば、すぐに実証できることですがね
 この田代警部の発言に、その場に居合わせた誰もが驚き、一連の犯罪事実が一挙につながっていくことを思い浮かべ、声が止まった。
 やがて安川が口を開いて
「そうなんですか。村井に香澄の始末の相談を持ちかけたのは、間違いなく菅野ということになりますねえ」
 そばから久賀管理官が
「心象的には、異論がないところだ。逮捕して起訴に持ち込むには、これからの裏づけ捜査が何より大切だ」
「解かりました。ここまで来れば、事件解決はすぐそこだと言えます」
「明日は、大学の方へ行ってもらうことになるぞ」
 
 村井は相変わらず黙秘のままで、こう着状態が続いていた。拘留期間は、まだ充分にある。そして、黙秘のままで検察送りしても、楽に基礎はできる。
 しかし、会議では、菅野を引っ張り、菅野から香澄殺しを依頼したことを自白させれば、村井も黙秘を続けることは、できないだろうとの意見が多数を占めた。
 とりあえず、菅野の鮮明な写真を入手することや、身辺を調べて門脇とのかかわりをつかもうと言うことで話がまとまった。
 田代警部が
「これから熊本県警へ連絡を入れて、菅野の身辺をもう少し洗うことにする。菅野の写真も送ってもらおう」
 中央署の捜査本部は、久しぶりに活気に満ちた雰囲気を取り戻し、捜査員たちは、それぞれ安川たち3人の労をねぎらった。
 
 間もなく、熊本県警から問い合わせの回答が届いた。菅野は肥後学園大学の医学部を卒業した後、そこで研修医となり、そのまま。付属病院の医師として勤務している。医師になって15年ほどになるらしい。
 勤務態度に目立つところはなく、病院内の評判もとくに悪いところはない。10年前に結婚して、子どもが一人居るそうである。
 こういった履歴と同時に、写真も送られてきた。
 写真は、すぐに複製されて各捜査員へ配布された。
 それを見つめていた安川が
「長尾くん、今からなら間に合うから、すぐに朱美に会おう。この写真を見せて”スーさん”と呼ばれた男かどうか確かめるんだ」