幻影の彼方(50)

「その祐ちゃんという人は、どこに住んでいるのですか?」
「この近くですが、彼はもう居ませんよ。まだ、大学院へ通っていて、数日前に大学の方へ帰ってゆきました」
「それは、どこのなんていう大学ですか?」
「熊本の肥後学園大学です。理学部の院生なんです。僕はさっさと4年で大学生活を終えましたが、彼は修士課程を履修したいと、まだ、学生をやっているのです」
「ここから熊本までは、何時間ぐらいかかりますかねえ」
「高速を利用すれば、2時間と言うところかな」
「また、お話を聞かせてもらいに、伺うかもしれません。今日は、これから秋元祐治さんを訪ねようと思います。参考になるお話を、いろいろありがとうございました」
 3人は秋元から”祐ちゃん”に連絡してもらい、携帯番号や住所を書きとめた。今から熊本へ行けば、充分に祐ちゃんから事情聴取が出来る。
「その祐ちゃんというのが、BMWの男が誰なのかを、思い出してくれると、解決へ大きく近づけますよねえ」
 長谷部がはやる気持ちを押さえながら、安川たちに話しかける。
「うん、せめてどんな男だったか、人相だけでも目撃しておれば、しめたものなのだがなあ」
 安川も長尾も高速までの、片側一車線の細い道に、車が列をなしているのをイライラしながら、眺めている。庄原の市内などは車の量が少なくて、渋滞などはほとんど経験しない。
「有名な観光地だから、いつもこんなに混んでいるのだろうな」
 
 熊本へは、2時前に着くことができた。
 祐ちゃんのアパートは、意外に判りやすいところにあって、3人が到着するのを待っていてくれた。
 祐ちゃんは、刑事が3人も聞き込みで、熊本までやってきたことに、とても関心を持ち、好奇心で一杯の眼がキラキラ輝いている。
 早速、安川が
「秋元健介さんからお聞きでしょうが、先月の22日に産山ビレッジの駐車場で、あなたが見たことをお話していただきたいのです」
「たしかに健ちゃんから、連絡はありましたが、偶然に目が合った程度ですから、自信はないのですがね」
「一人はこの人ですよね」 
 まず、門脇の写真を見せて確認をとる。
「ああ、先に来ていた人ですね。覚えています」
「その後、遅れてやってきた人ですが、年恰好は何歳ぐらいでしたか?」
「40歳を少し過ぎたという感じでしたねえ」
「体型は?」
「車に乗ったままでしたから、よくは解かりません。太っては居なかったと思いますよ」
「あなたは、健ちゃんに『どこかで見た顔だ?』と、つぶやいたとか。誰だったか、思い出しましたか?」
「それが、あれっきり、そのことは忘れてしまっていたので、・・・」
 彼は、いかにも申し訳なさそうに頭を掻いた。
「どこで会ったかぐらいでも良いのですがねえ」
 今日の時点で、これ以上の話を祐ちゃんから聞きだすことはできないと、安川は若い二人の刑事を見て
「君たちから聞いておきたいことはないかね」
と、うながす。
 長尾が
「そうですねえ。今日のところはこれ以上は・・・。ああ、その男が乗っていたBMWは、どんな色の車でしたか?」
「濃いブルー、濃紺というのですかねえ」
「その男と、この写真の人は、どんな話をしていましたか?」
「車のウインドーを開けて、写真の人に何か云ってましたねえ。話の内容は聞き取れませんでした」
「ふたりは長いことそこに居たのでしょうか」
「いいえ、僕が次の荷物を運ぶため、引き換えしてきたら、ふたりはもう居ませんでした」
 そう云いながら祐ちゃんは
「写真の人の車はありましたので、BMWの方に乗って何処かへ出かけたのでしょうね」
と、言葉を継ぎ足す。
「あなたは、そのあとで、野外パーティに参加したのですね」
「僕は、健ちゃんの友だちとして参加したのですが、お昼を済ませていたので、すぐにドライブへ出かけました。あの産山あたりは、景色の良いところが多いですからねえ」
「もし、BMWの男のことを思い出したら、どんなことでも良いから、連絡してください」
 長尾は、名刺を取り出し、裏に携帯の番号を書いて渡す。
 祐ちゃんは、長尾が差し出した名刺を見ながら
「へえ、広島方面からの刑事さんなのですか」
 3人は、祐ちゃんに別れを告げて、福都市へ引き揚げることにした。