幻影の彼方(48)

 中央署へ帰り着き本部へ挨拶に行くと、こちらでも捜査が思い通りに進展していない様子が伝わってくる。
 長尾たちを見つけた谷口がやって来て
「お疲れさんでした。どうでした?あちらでの聞き込みは?」
「対象者が広範囲に住んでいるため、一日や二日では全員に会えそうにもないよ」
 応える安川の口調が、ぶっきらぼうになる。
 そばから長谷部が
「なにしろ、福岡、熊本、大分と、会員を捜して歩くだけでも、大変な時間と体力が必要になります。運よく探し当てても本人が不在のところが多くて・・・」
 最後は、いい訳じみてきたなと思ったのだろうか、安川が、矛先を変えるように
「こちらでは、村井にワッパをかけたのかい?」
「ええ、早朝一番で逮捕しました。しかし、思っていたよりしぶとい奴で、取調べの人たちが手を焼いているようです」
 声を落として、谷口が答える。
 村井や安藤の逮捕の条件が整い、安川たちも聞き込みの対象が絞れたと、湧き上がっていた捜査本部の雰囲気が、昨日とはまるで違う。
「まあ、物証、証人と、客観的なものが充分に揃っているから、身柄が確保されている以上、あわてることはないさ」
 安川は、自分に言い聞かせるように、つぶやいた。
「それがですねえ。村井の口から門脇殺しのホシの名前が出ると、誰もが思っていたのですが、黙秘を決め込んでいましてね」
 谷口は、安川たちに妙案はないものかと、すがるような目で話しかけた。
 だまって、安川と谷口の話に耳を傾けていたはずの長尾が突然
「そうだ、警部補、名簿を一人一人当たるのじゃあなく、遅れて来た会員が居なかったかどうかを調べる方が、効率があがりますよ」
「どういう意味だい?」
 長尾の突然の発言が、谷口と交わしていた内容と結びつかず、安川は長尾の方へ顔を向きなおして聞き返した。
「門脇とホシがあの駐車場に居た時刻は、午後1時半から2時ごろだと思われます。アポロクラブの野外パーティは、12時ごろから始まったはずです。正午或いはそれより前に到着していた人がほとんどのはずです。そんな人に尋ねても、2時前後に駐車場に誰が居たかなんて判りませんよ」
「そうか、バーベキューの会場は、駐車場からかなり奥のほうにあったよなあ。たしかに君の言うとおりだ。すぐに、そのことを問い合わせてみよう」
 安川は、挨拶と報告を兼ねて、本部へ一番に駆けつけたことも忘れている。
「それにしても、良いところへ気がついたな。これで、該当者が居れば、かなり無駄が省けるぞ」
 さっきまで、気落ちした気持ちを紛らわそうと、谷口との会話を続けていた安川の表情が、明るさを取り戻し、自ら荒尾市世話人である伊藤に電話を入れた。
「判ったよ。当日遅れて2時前に到着した会員が、ニ名居たらしい。一人は家族連れで、もう一人は若い会員だとか。この若い方も友だちと一緒に来ていたらしいぞ」
「明日は、その若い方から先に聞き込みをしましょう。住所はどこですか?」
大分県由布市となっている。あの温泉で有名な湯布院だな」
 拘留中の安藤からは、大した話も聞けず、村井は黙秘を続け、八方ふさがりの状態で、沈み込みがちの中央署の捜査員をしり目に、安川と長尾は報告を済ませ、ビジネスホテルへと引き揚げた。