幻影の彼方(47)
アポロ・クラブ
わが国には、根強い欧州車のファンが多い。同じメーカーの車のオーナー同士が、情報交換や親睦などの目的から「○○クラブ」といった、冠に自動車メーカーの名前を付けた組織が多く、それぞれが組織した目的に合わせて楽しんでいる。
スエーデン製の車のオーナーで組織されているのが、「アポロ・クラブ」である。
アポロクラブの面々も、ツーリングを楽しんだり、家族共々参加して野外活動で親睦を深めたりしてきた。
8月22日は、産山ビレッジでの日帰りキャンプが実施され、熊本県以外からもたくさんの会員が家族と共に参加して、野外パーテイを楽しんだ。
荒尾市は昭和の時代まで、産炭地として日本の鉱工業へのエネルギーを供給し続け、大いに栄えた地方都市であった。国内でのエネルギー事情が、石炭から石油や天然ガスへと変化するなかで、石炭の需要は急速に冷え込みそれに同調するように、街の勢いは急速に廃れていった。
アポロクラブの世話人である、伊藤俊哉は、この荒尾市で親が開業した文具店の2代目として暮していた。近年はIT企業への参入を試み、地方におけるブロバイダー、ホームページの作成などをこなして、それなりの成功を収めていた。
安川たちが訪れると、愛想よく迎えてくれ、保管してある名簿を見せてくれた。
「これをコピーさせてくれませんか。捜査の資料として必要なのです。それ以外の目的には使いませんので」
少し考えて、伊藤は
「今の刑事さんの言葉を信じますので、必ず守ってくださいね」
と、念押しして、店のコピー機を使い一部を印刷してくれた。
名簿には50名を越える会員の名前が載っている。会員の住所は、熊本、福岡をはじめ、遠くは長崎や鹿児島の人も居る。
「これを見ると、九州全域に会員が居るようですねえ」
「ええ、全国規模の組織ですが、催しなどはブロックごとに行ないますので、九州ブロックとして独立した形になっています。全国大会が開かれることもあるのですよ」
話が広がりそうなので、横から長尾が急いで話を戻す。
「22日に参加したのは、この名簿の人たち全員なのですか?」
「いいえ、全員が揃うことなど、ありませんよ。それぞれ仕事や用事をかかえていますからねえ」
「当日参加した人が誰なのかは、わかりますか?」
「ああ、それなら判ります。ちょっと待ってくださいね」
伊藤は別のファイルから、用紙を取り出し
「ここへ印が点いている人たちが、22日に参加した人です」
長尾は、もらった名簿に印を付け加えた。22日に参加したのは、28名の会員で思ったよりも少ない人数であった。そのことにふれると伊藤は
「これには会員の名前しか載せていませんからねえ。野外パーテイには、家族連れで参加する人や、友人と一緒に来る人などが殆んどですよ。あの日も70人近くが参加していたのじゃあないですかねえ」
3人は御礼の挨拶を済ませ、伊藤の店を出た。
「この、当日の参加者を見ると、住所がかなり広範囲だ。伊藤さんを除けば27名だが、これを全員調べるのは、相当骨の折れる仕事になるぞ」
「とりあえず、今日はこの熊本県を中心に当たっていこう」
その後、3人は。玉名、山鹿、菊池と荒尾市から比較的近いところに住む会員を訪ね、聞き込みを続けた。
不在は多いし、本人に会えても、門脇たちを目撃したという人には出会わない。
時間はどんどん浪費され、疲労の表情をにじませた安川が
「今日のところは、ここを切り上げて本部へ戻ろう。身体を休めて出直しだ」
若い二人も同意して、福都市を目指して車を走らせた。
3人は、あと一歩で犯人へたどり着きそうなのに、思い通りに進まない現実の壁が大きく立ちはだかる捜査の難しさに、気持ちが沈みがちになる。