幻影の彼方(46)

「ガイ者の車は、まだ、発見されてないんだよねえ」
「そうなんです。キャンプ場の管理人の話だと、・・・」
 安川は、長尾たちの確認をとるように、ときどき長尾たちを見ながら、久賀管理官へ聞き込みの報告を行なった。
「そうか。当日参加していた人たちの間から、有力な目撃情報が得られるといいな。聞いているだろうが、こちらは明日朝一番に、村井の逮捕へ向かう。君たちはその欧州車の愛好会?の人たちへ、聞き込みをかけてくれ」
 
 次の日、中央署の捜査員たちの手により、それぞれの自宅で、村井隆と安藤邦彦は、殺人ならびにその幇助の容疑で逮捕された。
 血染めのシャツという物証もさることながら、竹内という今回の犯罪に加担した生き証人の存在は大きく、すぐさま、容疑者としての取調べが開始された。
 村井の使っていた黒のベンツも、押収され、座席やトランクルームが鑑識により徹底的に調べられる。
 村井は犯行のあと、香澄の髪の毛などが付着しているのを恐れ、トランクルームも座席も掃除機できれいにゴミを吸い取ったらしく、毛髪の類は発見できなかった。
 しかし、きれいに拭き取ったはずの、トランクルームからルミノール反応があり、鑑識員の手で血痕採取が行なわれた。血液というのは、ぬるま湯に浸した雑巾などで、丁寧に拭き取れば痕跡は消えるのだが、血液の成分はそんなことでは拭い去れないのだ。
 同時に、香澄を監禁したマンションの捜査も行なわれ、そこからは毛髪や血痕が発見された。
 捜査員たちは、次々に出る物証に興奮しながら、事件解決が身近に迫っていることを感じ取った。
 それに対して、取調室の村井は、黙秘を決め込んで取り調べの捜査員を悩ませた。
 その後、鑑識からの報告で、DNA鑑定が終わり、村井のブルーのシャツに付いた血痕が、香澄のものであることが判明。
 その事実を突きつけられても、村井は何の反応も見せない。
 久賀管理官は報告を聞いて
「これだけ、物証が出て、しかも、犯罪に加担した共犯者を抑えているので、たとえ黙秘したままで裁判になっても、楽に有罪に持っていける。問題は、門脇殺しのホシが、誰かを白状させることだ」
 取調べに当たっていた田代警部が
「村井は、想像以上のふてぶてしい奴です。門脇殺しの犯人から依頼されて香澄を監禁、その挙句殺害してしまったのだから、何とか、口を割らせたいのですが・・・」
「このヤマは、犯人だけじゃなく、人工島の病院建設にまつわる不正が絡んでいる。入札のからくり、情報を流したのは誰なのか、誰が口利きしたのか、など、判明させなければならないことが山ほどあるぞ」
「家族や、仕事のことで、差しさわりのないことなら、口を開くのですが、事件が絡むとだんまりを決め込んでしまいます」
「少し、時間をかけて、ゆっくり締め上げていくしか、良い手はないのかな」
 村井を逮捕すれば、簡単に門脇殺しの犯人へたどり着けると考えていた捜査員たちは、次第にあせりを感じずにはおれなかった。