幻影の彼方(45)

 そんな時間帯に車を引き取りに来た者は、人目を避けるためその時間を選んだのか、その時間帯でなければ、引き取りに来ることが出来なかったのか。都会の駐車場なら夜中の2時を過ぎていても、ちっとも不自然ではないのだが、この大草原が広がる不便なところでの行為であるから、たしかに管理人の言うとおりだと、3人の刑事は納得するのだった。
「車を持ち去ったのが、一人とは考えられないので、誰かが別の車にもう一人を乗せてきて、そのもう一人が運転して帰ったということですね」
 長尾は、その夜起ったことと殺害された門脇の車が、未だに発見されていないことを、頭の中で結び付けようとした。
 同じことを考えていたのか、安川が
「長谷部くん、門脇の車のナンバーと色、それからメーカーや車種を本部に問い合わせてくれ」
 長谷部の携帯に、すぐさま折り返しの回答が寄せられた。
「警部補、門脇の車に間違いないようです。ナンバー、色、メーカーもすべて一致しているようです。車種は、マークXという型のようですね」
 3人の顔が引き締まり、目が鋭さを増している。その雰囲気に驚いた管理人は
「いったい、何があったのですか。警察への協力は惜しみませんよ」
「そうですね。すべてを話すわけにはいきませんが、この辺りで起きたことについては、説明しましょう」
 安川は、ヒゴタイ公園で殺人が行なわれたらしいことをなどを掻い摘んで説明する。
「そうだ、その日に行なわれていた、同じ欧州車の持ち主の集まりですが、こちらに参加者の名簿などは、ありませんか」
「名簿はありませんが、あの日の催しのため、ここの施設を借りるための予約をした人の名前や住所ならわかりますよ。この人たちの集まりはアポロクラブというのですがね」
「そうですか。アポロクラブねえ。ぜひ、そのクラブの世話人の住所や名前を教えてください」
 その間に、長尾は外へ飛び出し、駐車場の片隅に設置された、タバコの灰皿に近寄った。灰皿はきれいに掃除されて、吸殻は一本も残されていなかった。
 管理等へ戻り、そのことを訪ねると
「ああ、ここの掃除は私が毎日のように行ないますから、吸殻などはその日のうちに焼き捨てますよ」
「長尾くん、残念だったな。ヒゴタイ公園とここでは管理体制がまるでちがうから、仕方がないよ」
「とにかく出直して、このアポロクラブの世話人に会ってみようや」
「解かりました。タバコの吸殻は、そう都合よく残っているはずがないですよね」
 3人は管理人に礼を言い、福都市へと引き揚げた。
 中央署へは、夜になって帰りついた。署内は活気に満ちていて、雰囲気がいつもと違う。3人は走るように捜査本部の方へ足を運んだ。
 ドアを開けると向こうから田代警部がニコニコ顔で
「やあ、ご苦労さんでした。こちらでは、いよいよ香澄殺しの犯人逮捕の準備が整いました」
 田代警部の顔は、福都署の方で犯人を突き止め、自分たちで逮捕に向かうことができるという満足感でいっぱいの様子であった。
「そうですか。やりましたねえ。署を挙げてのご努力が実り、おめでとうございます」
 安川が労をねぎらう言葉をかける。
「逮捕は明日朝一番で行なう予定です。ガサ入れも同時に行なえば、いろいろ物証が出てくるでしょうね。そちらの捜査はいかがでしたか?」
「ええ、私たちも少し門脇殺しのホシへ、近づいた感じです。これから、久賀管理官へ報告に参ります」
「ほう、それは私もぜひ聞いておきたい。私が警視のところへ案内するということで、同席させてください」
 田代は立ち上がり、安川たち3人を管理官室へと先導した。
 管理官の前に立つと、安川が
「今、田代警部から明日、香澄殺しの犯人逮捕へ向かうとお聞きしました。おめでとうございます」
「おめでとうは、早すぎるかもしれないが、目鼻がついたことは間違いないよ」
「ところで、君たちの聞き込みの方はどうだった?」
「はい、門脇がヒゴタイ公園で殺害されたことは、間違いないようです。公園のすぐ近くのオートキャンプ場で、門脇の車が、事件のあった8月22日の午後駐車されていたことがわかりました」