幻影の彼方(44)

 今度は安川が身分を名乗り
「こんにちわ。ちょっと,お尋ねしたいことがあって来たのだが、今、都合はよろしいですか?」
 男は警察関係者だと知ると、緊張した面持ちながら
「よろしいも何も、暇で退屈しておりました。どうぞ、こちらへ入ってください」
 と、3人を管理棟の中へ招きいれる。
「実は8月22日に、このあたりで何か、変わったことが無かったか、それを聞いて回っているのですが」
 安川の言葉に、管理棟の男は
「先月の22日と言えば、日曜日のイベントがあった日ですねえ。変わったことと言えるかどうか解からないけど、気になったことはありましたよ」
 長尾も長谷部も、その一言に、どんなことがあったのかと、一言も聞き漏らさないように耳を傾ける。
 安川は逆にことさら冷静さを見せ付けるように
「ほう、その気になったこととは、どんなことだったのですかねえ」
「22日は、アポロクラブの日帰りキャンプが、ここで行われましてね。参加者は、熊本、福岡、大分などのヨーロッパの同じメーカーの車を持つ人たちなんですが、家族連れや独身男女など70名くらいの人々が参加しました」
「それで・・・」
「その人たちは、午後4時過ぎにバーベキュー・パーティなどが終わり、5時にはみんな引き揚げてゆきました。ところが、国産の乗用車が一台だけ、6時を過ぎても、7時になっても駐車場に置かれたままだったのです」
男は続けて
国産車というのもおかしいし、このあたりでは、バスとかは、やまなみ道まで出なきゃあ利用できないし、たとえ利用しょうとしてもその時間になると通りません。車が無いと移動手段はないので、車を置いたままなんて考えられないのです」
「誰かの車に、便乗して帰ったとは、考えられませんか?」
「次の日が月曜日ですからねえ。たとえ休みであったとしても、ここまで車をとりに来るとなると、また、誰かに乗せてきてもらわねばなりませんよ。そんな手間のかかることをしますかねえ」
「その国産車のメーカー、車種や色、ナンバーなどは判りますか?」
「ええ、おかしいと思ったので、ナンバーは控えておりますよ。ちょっと、待ってください」
 安川は、はやる気持ちを押さえながら、机の引き出しをかき回している管理人の様子を見守った。
「えーと、ありました。ナンバーは、福岡 300 への10×× ですねえ」
 素早く、長尾がナンバーを書きとめる。
「メーカーはトヨタで、色はグレーでしたね。車種は判りません」
「今はここに無い様ですが、その国産車は、その後どうなりました?」
「それがですねえ。次の朝、消えていたのですよ。私がおかしいと思ったのは、そのことなんです」
「ほう、どうしておかしいと思われたのですか?」
 安川の表情が、強い興味を示し、管理人の次の言葉を待った。
「夏の時期、私は朝の目覚めが早くて、空が明るくなる5時ごろは起き出して、園内を散歩するのです。前の日の車が気になっていたので、駐車場に行ってみると、車はもうありませんでした」
「夜のうちに、持ち主が引き取りに来たのでしょう」
「それが、・・・私は10時ごろ、寝る前にもう一度確かめましたが、その時間には車はありました。ビールを飲んで寝たので、夜中に一度トイレに行きました。気になるのでそのときも確認しましたが、車はありました」
「それは何時ごろですか」
「そうですねえ。夜中の2時ごろではなかったかと、思います」
「すると、夜中の2時過ぎから5時前の時間帯に、車を引き取りに来たということになりますねえ」