幻影の彼方(43)

   産山(うぶやま)ビレッジ
 
 中央署が、村井専務の犯罪の確証を得たことを知らない安川たち3人は。犯行現場と思われる、ヒゴタイ公園での目撃者探しに汗をかいていた。
 地元の人に言わせると、夏休み中、特にお盆までは家族連れを中心に、年配者や若いカップルも暑い平地を逃れ、次々に高原を訪れる。
 しかし、お盆を過ぎると、潮が引くように人影が少なくなるらしい。
 ”やまなみハイウエイ”の交通量は、少なくないのだが、ヒゴタイ公園を訪れる人は皆無に等しかった。
「少し移動して、聞き込みをして見ましょうか?」
 長谷部が、近くの山野草を栽培しているところがあるのでと、車の方へ誘う。
 安川も長尾も、この辺をよく知る長谷部に任せることにして、黙って車に乗り込んだ。車は別の小さな道に入り、曲がりくねった急な坂道を下りて行った。
 5分も行かぬうち「山野草の森」という素人が書いたような粗末な看板が見え、ゲートらしい木作りのアーチを、3人が乗る車はくぐった。未舗装の狭い道路の片側には、古い山小屋のような建物があり、その横に数台の車が駐車できるスペースがある。
 建物の向こうには、庭園らしき雑草が生い茂る広場があって、「ヒゴタイ」「サクラ草」「ミヤマキリシマ」などと書かれた小さな立て札が立っている。時期を過ぎたのか、庭園(?)内にはあまり花の咲いた草木は見えない。
 中央には、小川が流れ大きな木々が、格好の日陰をつくっていた。
 山小屋のような建物を覗くと、小さな厨房があり、壁には「カレーライス」とか「オムライス」などのメニューらしきものが張ってある。
 どうやら、ここを訪れた客が、簡単なお昼を済ませることが出来るようになっているのであろう。
 小屋の裏手で年老いた夫婦が、小さな植木鉢に草木の苗を移植していた。これを一定の大きさに育て販売するのだろうか。
 突然現れた男ばかりの3人組みに、少し警戒するような目つきで、老夫婦はこちらに注目する。
 安川たち3人は挨拶をおくり、長谷部が手帳を示して身分を明かす。
 警察がこんなところに、何の用があって来たといわんばかりの目で、老夫婦はこちらを見つめた。
 それでも表情に、怪しい連中ではなかったとの、安堵感を漂わせて女房の口元が緩む。
 安川は親しげな笑みを浮かべながら
「8月22日の日曜日、ヒゴタイ公園で変わったことは、ありませんでしたか?」
「変わったコツ、言うてんが、どげなコツね。あそこで何かあったとかい?」
「たとえば、見慣れない人が居たとか・・・」
 ヒゴタイ公園で人が殺されたなど、今の段階では、軽々しく口にはできないので、安川は質問の内容を吟味しながら、慎重に言葉を選ぶ。
「夏の時期、ヒゴタイ公園に人が訪れるのは、何時ごろが一番多いのですか?」
「それは、朝早くとか夕方っタイ。日中は暑くてお日様が真上にあろうもん。あそこに来る連中は、写真撮りに来る人がほとんどタイ」
「午後2時から3時ごろは、誰も来ないのですね」
「ううーん、アベックならときどき来ちょるなあ。わしも夏場は忙しいもんで、ここで客の相手するのが精一杯。最近はあそこに出かけるコツ無かと」
 そばから、長尾が
ヒゴタイ公園の近くに、人がよく訪れる場所はありませんか」
 と、問いかける。
「土曜や日曜なら、あそこの下の方に、”産山ビレッジ”という、オートキャンプが出来るところがあるなあ。そこなら人が大勢集まるバイ」
「警部補、そこに場所を変えて、聞き込みをしましょうか」
「そうだな、ここでは、これ以上のことは、何も聞けそうに無いな」
 3人は、産山ビレッジへの行きかたを聞いて、山野草の森を後にした。
 曲がりくねった細い道を少し進むと、やや、広い道路に出て、すぐに目的地へたどり着いた。途中、人にも車にもまったく出会わない。
「これじゃあ、ここで目撃者を捜すのは、大変な作業になりそうだな」
 安川は、口には出さなかったが、長尾と長谷部が、門脇の殺害場所の大きな手がかりを掴んで帰ったことに、心の中で拍手したい気持ちになった。
 
 産山ビレッジは、広い駐車場と小ぎれいな管理棟をもつ、かなり大きなキャンプ場であった。
 施設の中には、渓流魚が泳ぐ釣堀用の池があり、大型のキャンピングカーが出入りしやすいように、場内には舗装された広い道路が奥のほうまで続いている。
 管理等には、40代の男性がいかにも退屈そうに、机の上に足を投げ出し、鼻毛をほじくっていた。ネクタイを締めた3人の男達が目に入ると、あわてて受付の窓口に近寄ってきた。