幻影の彼方(42)

 深夜になり、村井は興奮した面持ちで帰ってきた。
「今夜のことは、すべて秘密だ。解かってるな。後日、警察が調べに来るかもしれない。そのときは、3人でピザを食べ酒を飲んでいたと証言するのだぞ」
 村井は続けて
「それから、このシャツを処分してくれ。焼き捨てるのが一番いいのだが、それが出来なきゃあゴミに出すか、海に重石を付けて沈めるんだ」
 こうして、竹内は血染めのシャツを預かったが、処分の方法を迷ううちに、トランクに入れて忘れかけていた。
 後日、香澄の死体が発見されたとき、竹内の気持ちに変化が生じた。
 村井の残忍さを目の当たりにして、いつか、自分にも村井の憎悪の目が向けられるかもしれない。そのときの保険として、証拠になるこのシャツは残しておこう。
 こうして、持ち続けた血染めのシャツが、今日、警察に発見されたということであった。
 鑑識からの報告で、ルミノール反応が出て、血液が付着していたことが確認され、血液型はB型で、香澄のものと一致したことも判った。
 DNA鑑定の結果はすぐには出ないが、竹内の供述と合わせて令状を取るには充分の確証が整ったといえる。しかも、逮捕状も請求できる。
 久賀管理官は、すぐに裁判所に対して、逮捕状と捜査令状の請求手続きを終えた。
 田代警部が
「こうなると、お前さんをすぐに釈放とは行かなくなった。しばらく、ここでゆっくりしていくことになるぞ」
 竹内は、それを聞きながら観念したように、力なくうなづくだけであった。
 中央署はにわかに活気付き、令状が取れ次第、村井と安藤の身柄確保に動く手はずを整えていった。
 村井を逮捕すれば、香澄の始末を頼んできた”誰か”に限りなく近づける。その人物こそ、門脇殺しの”本ボシ”だと、捜査員の誰もが思った。