幻影の彼方(41)

 金森は、再び中央署へ連絡して、事情を説明、新たな応援を待った。
 やがて、中央署からレッカー車と、田代警部の乗った車がやってきた。すぐさま、竹内の車はレッカー移動され、附近の交通渋滞は段々と解消されてゆく。
「お前さんには、少し詳しく事情を聞かなくてはならなくなった。署の方へ同行してもらおうか」
 田代警部が、声を落として竹内をにらみつけるように云うと、竹内はすっかり元気を無くし
「あの~、連絡しときたいところがあるんですが、電話させてもらえんですかねえ」
「どこへ電話するんだ。相手と内容によっては、今、連絡とられちゃあ困るんだよな。どこの誰に連絡したいのか、云ってみろ」
「もう、いいです」
 竹内は、事故を起こしたときのふてぶてしい態度は消え、若い刑事の指し示すパトカーへと、おとなしく従うのだった。
 中央署へ着き、そのまま取調室へと連れて行かれ、田代警部、自らが取り調べに当たることになった。
「先ず、現住所、名前、生年月日、本籍地は・・・?」
 型どおりの尋問から始まり、勤め先や仕事の内容などを聞いていく。竹内も差し障り無い内容だからであろう。素直に応じる。
 こうして、取調べは、捜査員がもっとも関心を寄せる、ブルーの長袖シャツの話に移っていった。
 途端に、竹内の応じ方が違ってくる。あきらかに何か隠そうとして、歯切れの悪い応え方に変わったのだ。
 シャツは、血痕らしきもののルミノール検査、DNA鑑定などが必要なため、鑑識に回されている。
「あのシャツは、お前さんのものではないだろう?ほんとの持ち主は誰なんだ?」
 このときの竹内は、額に汗を浮かせ、口をへの字に結んで、必死の抵抗を試みようとした。
 しばらく、ニヤニヤしながら、その様子を眺めていた田代警部が
「今のお前さんの嫌疑は、道交法違反と、他人の衣服を所持していたというだけのものだ。しかし、重大なことを隠していて、あとでその事実が判明すると、もっと大きな罪、例えば殺人共謀財などに問われるぞ。正直に答えさえすれば微罪で罰金か科料だけで済まされる。頭の良さそうなお前さんならどうした方が得策か、簡単にわかるだろう」
 田代警部の巧みな尋問に、竹内は机に顔をくっつけ、両手を頭の上でくむようにして
「専務です。村井専務」
 やけくそな様子で、ついに村井隆の名前を口に出した。
「よし、よし、よく話してくれた。お前さんが素直な態度を見せてくれれば、こっちの対応も違ってくる。これから、ゆっくりとお前さんと村井のことを話してもらおう」
 竹内は、緊張の糸が切れた途端、堰を切ったように聞かれたことについての自供を始めた。
 
 8月25日、専務の村井へ”誰か”から電話があり
「エトワールの香澄というホステスが、余計な秘密をかぎつけた。何とか始末して欲しい」
 というような内容であったらしい。
 村井は、安藤と竹内を呼びつけ、その日のうちに、香澄のマンションを襲わせた。深夜になって帰宅したところを待ち伏せして、香澄にさるぐつわをし、手足を縛って車で拉致したのだった。
 村井は筑川町に本宅があるのだが、プライベートな用件や県関係の建設工事を請けるために、利便性の良い福都市内にマンションを借りていた。
 そのマンションへ香澄は連れてこられ、村井からどんな秘密を掴んだのかを攻め立てられながら聞かれた。
 それに対して固く口を閉じ、村井の脅しに耐えながら、香澄は屈しなかった。
 次の日から、村井の脅しは暴力に変わり、殴ったり蹴ったりと、激しさが増していった。
 途中で香澄は気を失ったり、食べ物を戻したりと、そばで観ている竹内たちが、もういい加減にやめて欲しいと思うほどの、酷さであった。
 香澄の顔や身体は暴力で痛めつけられ、美しい顔が血で染まって腫れ上がり、観るも無残で痛々しくなる光景が二日、三日と続いた。
 村井が着ていたブルーのシャツは、袖口が香澄をいたぶり続けた弾みに付いた鮮血で汚れていた。
 29日は夜になって、思うように口を割らない香澄への憎悪がつのったのか、村井は竹内たちに命令して、
「この女を俺の車のトランクに運び込め。これ以上ここでせめても、何も吐かないだろう。はじめはお前達にと、思ったが、俺が始末してくる」
 さらに続けて
「お前達は、アリバイ作りのために、俺達3人がずうっとここへ居たという証拠を作れ。そうだ、ピザの宅配を頼め。ピザ屋が来たら二人して顔を出し、しっかりと印象付けするんだぞ。ここが肝心なところだが、奥の部屋へいかにも俺が居るように、声をかけろ。そして、安藤は奥の部屋に来て物音をさせながら、俺の言いつけを聞いているふりをして、もう一度ピザ屋の前に顔を出すんだ」
 そう言いつけて、村井はマンションを出て行った。
 竹内の話によると、そのときの香澄は、気を失った状態でトランクに寝かせられても、ピクリとも動かなかったらしい。
「顔を見られているので、専務は香澄を殺るつもりだな」
 ポツンと安藤がつぶやいて、竹内の方を見た。