幻影の彼方(33)

   筑川町(ちくせんまち)村井建設
 
 中央署へ帰ると、安川が二人の帰りを待っていてくれ
「ご苦労さん。夕飯はまだなんだろう?これから一緒に出かけるぞ」
「ああ、ちょっと待ってください。鑑識さんは、もうみんな帰りましたか?調べてもらいたいものがあるのですが・・・」
「ほう、高原の方で土産を持って帰ったんだな。それは楽しみだ」
「いえ、土産になるかどうかは、調べてもらわないと判りません。とにかく、残っている鑑識さんに預けてきますので・・・」
 署内に残っていた若い鑑識員に
「このタバコの吸殻の残留指紋を調べることは、出来ますかねえ」
「状態さえ良ければ、充分に調べることは可能です。結果は明日になりますが、よろしいでしょうか」
 長尾はハンカチごと鑑識員に渡し、急いで安川のもとへ戻った。安川は長谷部にも声をかけたのであろう。ニコニコ顔の長谷部が安川のとなりで待っていた。
「長谷部くんから聞いたが、恐ろしく広い草原で、二人して手がかりを探し回ったそうだな。大変だったろう。俺みたいなロートルは、そんなときは役立ちそうにも無いな」
 安川は自嘲気味につぶやいて、二人の労をねぎらった。
「こちらは例のエトワールというクラブへ出かけ、香澄と仲の良かった娘(こ)を呼び出してもらったよ」
「何か耳寄りな情報が聞けましたか?」
「門脇に頼まれて誰かの情報を集めていたのは、事実だったらしいな」
「誰かというと、その人物が誰なのかは、判らないのですね」
「そうなんだ。その娘、朱美というのだが、門脇は香澄の亡くなった兄に似ていたらしく、門脇には相当入れ込んでいた。と、云ってたよ」
「その誰かの情報を集めるうちに、相手に気がつかれて殺害されたのでしょうね」
「エトワールのホステスは、30人以上いるそうだ。一人一人当たって誰の情報を掴もうとしていたのか、調べていくつもりだよ」
 3人は福都名物の屋台の暖簾をくぐり、ラーメンを注文した。屋台が並ぶ道路の向かいに川が流れ、川風がトンコツ独特の香りをあたりに充満させている。
 その匂いで、長尾も長谷部も空腹感に襲われ、目の前に並べられたラーメンを飛びつくように口に運ぶ。
 長谷部が
「ここは、替え玉OKですから、もう少し食べましょう。麺は消化が早いですからね」
「これから署へ帰って、他の連中の報告を聞かなきゃあな。君たちの”土産話”も、みんなの前で報告してもらうことになる」
 3人は、食事を済ませ中央署へ戻っていった。
 会議室では、数人の捜査員たちが集まって、雑談していた。彼らも食事を終えた直後なのであろう。その後、次々に捜査員がやって来る。
 やがて、久賀管理官と田代警部、川口警部が連れ立って会議室へ入ってきた。
「それぞれの本日の報告を聞きたい。まず、エトワールへ出かけた安川警部補から、報告してくれ」
 久賀管理官が口火を切り、次々に今日の捜査の報告が始まった。
 報告はおこなわれていったが、事件解決に近づく内容のものは、中々出てこない。
 しばらく、報告が続いた後から、谷口巡査部長の手が挙がった。
「先日、安川警部補のところへ持ち込まれた、メモのことですが、これに書かれていた人物が誰なのかを調べました。このうち4人は、筑川町のゼネコン、村井建設の関係者だということがわかりました」
 捜査員たちの間で、ザワザワという私語が飛び交う。
「このメモは、門脇議員が所持していたもので、議員の娘さんが先日届けてくれたものです」
 安川は、合同捜査本部の立ち上げに際して、メモを谷口に預けて庄原へ引き揚げたのである。
「村井建設というと、人工島への移転が問題になっている、例の病院建設工事を落札した会社だな」
 久賀管理官が、確認を求めるように、みんなを見渡しながら発言した。
「はい、福都市が計画した金額と極めて近い入札価格を提示して、話題になった会社です」
「この入札の一件は、他の建設会社や市民の間で問題視され、目下、検察も大変注目しているようです」
 何人かの捜査員のうち、こうした案件に詳しいものが、次々に意見や感想を述べた。