幻影の彼方(29)

 
 庄原署での捜査会議は、重苦しい雰囲気の中で始まった。
 今回は、広島県警から捜査一課長の橋本警視と園田警部が参加しての会議となった。
 これからは、福都中央署、西署との合同捜査ということになるので、広島県警としても、所轄だけに任せてはおけないと、気合の入れ方が違ってきたのであろう。
 会議の中心話題は、安川と長尾が出向いた福都市での捜査、市場警部補を中心とした神石高原町方面の聞き込みの結果報告、九州山地の高原などで捜査に当たった永瀬部長刑事の結果についてであった。
 長尾たちが、香澄という門脇と親密な関係にあったホステスへたどり着く前に、本人が殺されたこと、ここで犯人への足取りが途絶えたことなどについての意見が交わされた。
 神石高原町やその周辺で、聞き込みに当たった市場警部補のグループは、捜査の結果が残せなかったことで、すっかりしょげ返っている。市場警部補が声を落として言葉少なくいい訳じみた報告を終える。
 ヒゴタイというアザミによく似た植物の自生する高原での捜査については、永瀬刑事から、大分県熊本県にかけての高原地帯で、数箇所のヒゴタイの自生地を探し当て捜査をおこなったことが報告された。
 しかし、どの箇所でも、門脇が目撃されたことはおろか、殺害の手がかりなどは全く見つけることは出来なかったらしい。
 広大な大自然の中で、1人の人間が殺された。その痕跡を捜すことは、砂浜に落としたコンタクトレンズを捜すほどの、難しい作業であったろう。
 捜査員の誰もが、この事件捜査の難しさを理解し始めたようだ。
 その後、福都市へ出向く人数を何人に増やすか、誰を行かせるか、などの検討に入った。
「ここで、すんなりとこの人選は決まらないと思う。この会議の後、県警の橋本警視のご意見も伺い、決定したい」
「決定次第、みんなに知らせるからそのつもりで・・・」
 川口警部が発言して会議は散会になった。
 会議の後
「警部補、例のヒゴタイの件、僕も現場に出かけて捜査をしたいのですが・・・」
「お前さんには、福都での捜査にも参加してもらいたいし、上がどういうかだな」
「福都での捜査の合間というわけには、いきませんよねえ」
「福都では、エトワールというクラブで、香澄が親しかったホステスへの聞き込みも待っている。サブからも、まだ引き出す話があるかもしれないよなあ。当分は目が回るほど忙しいぞ」
 長尾は安川の言葉に納得して、それ以上の意見は口にはできなかった。
 あくる日、川口警部を筆頭に、6人の署員が福都市へ出向くことになり、庄原署を出発した。
 メンバーの中には、当然のことながら安川と長尾も入っていた。
 
 合同捜査の本部が中央署に決まり、捜査の指揮は久賀警視がとることになった。
庄原署の6名が中央署へ着き、挨拶もそこそこに、1回目の合同捜査会議が始まった。
 長尾たちが庄原へ帰っている間に、司法解剖や鑑識の結果が出ていて、中央署と西署の捜査員たちは、伊都ヶ浜や香澄が勤めていたクラブへの聞き込みをかけていた。
 それらの署員と庄原署の6人が集まると、会議室は人いきれでエアコンも効かないような蒸し暑さに包まれた。
 門脇の事件と香澄が殺されたことのつながりを、否定するものは誰一人として居なかったが、殺しの手口がまるで違う。
 署員の一人が
「事件の根元はつながっていても、この2件の殺しは同一犯ではないと思われます」
「門脇は毒物で、どちらかいうと毒物の入手や、どうして飲ませるか、いつどこでなど計画を立てた上で実行した。香澄の方は相当な暴力を受けたあと絞殺されています。こちらは明らかに粗暴犯でしょう」
「いわゆる、門脇は知能犯に、香澄は粗暴犯にやられたということだな」
 田代警部がつぶやくように口を開いた。
「そうなると、犯人は一人ではないということか。たしかにこの2件の事案は、単独犯では実行しにくい面があるなあ」
 他の署員からも同調の意見が次々に出た。
 久賀警視が
「いずれにしても、単独犯とか、複数犯などと今の時点での断定は出来ない。それより、ガイ者の足取りをもっと綿密に洗い直す必要がある。エトワールでの聞き込みやサブに対しての事情聴取など、もう一度やり直そう。今度は、人を変えて当たることにするぞ」
「そうですね。人が変われば聴取する視点も違ってきます」
 今まで、黙って成り行きに注目していた川口警部が、久賀の提案に賛成する。
 後ろの方から長尾が立ち上がり
「あの、門脇氏の殺された現場が、まだ判明しておりません。大分県から熊本県に広がる高原地帯に、ヒゴタイというアザミに似た植物が、自生しているらしいのですが、そちらでの捜査が必要なのではないのでしょうか」