幻影の彼方(24)

 3人は香澄の足取り、サブへの事情聴取などの段取りを話し合った。
「久賀管理官がおっしゃるには、一刻も早く香澄を探し出さないと、彼女への危険は増すばかりだ。署をあげて捜査に乗り出すとのことでした」
「そうですね。香澄が門脇に云われて、誰のことを探っていたのか、どんなことを調べようとしていたのか。本人に会って確かめることが、真相に近づく第一の鍵でしょう」
 安川が谷口の話に同調して、さらに発言しょうとしたとき、にわかに、廊下を行き来する署員たちのあわただしい足音が伝わってきた。
 何事が起ったのだろうと、長尾が立ち上がろうとしたとき、3人のいる部屋がノックされて、若い署員が
「谷長さん、管理官がお呼びです。庄原署のお二人もと、おっしゃっています」
と、ドアを開けるなり大声で呼びかけた。
 若い署員の表情に重大事が起ったという緊張感がみなぎっている。
 3人は、とるもとりあえず、久賀管理官のところへ急いだ。
「おお、来たか。今入った報告だが、君たちが捜している香澄というホステスの死体が発見された。絞殺されているらしい」
 長尾たちは、先ほど、香澄のマンションを訪ねたとき聞こえてきた、パトカーのサイレンを思い出した。
「場所は、西区、伊都ヶ浜の松林の中らしい。あそこの所轄は西署だが、話は通してある。君たちもすぐに現場へ行ってくれ。現場の者には私から連絡をとっておく」
 久賀管理官は、重要な関係者と思われる女性を、守れなかった無念さをにじませた表情で、3人の刑事たちへ言葉をかけた。
「こうなると、サブの命もますます危険にさらされます。大事な生き証人ですから、警護のほうをよろしくお願いいたします」
 安川が重そうに口を開いて、管理官へ頭を下げた。
「了解した。そちらの手配はすぐにおこなう。こうなると、庄原署や西署との合同捜査ということになるだろう。二人ともよろしく頼みます」
 さらに久賀管理官は、
「谷口君、二人を案内して、すぐに現場へ駆けつけるんだ」
 3人は、パトカーのサイレンを鳴らし、中央署を勢いよく飛び出した。
 伊都ヶ浜は、福都市の西の外れにあって、海辺にはきれいな砂浜が続き、8月のお盆過ぎまで、大勢の海水浴客で賑わう。砂浜と平行するように黒松の林が続き、この時期になると、福都市中心部の喧騒が、ウソのように思われる場所だ。
 松林のはずれにパトカーを止め、車を降りると、100メートルほど先の方に、鑑識を含め、数十人と思われる警察官達が、緊張した面持ちで、作業を行なっていた。
 どうやら、西署と中央署の署員が混じり合い、現場の検証を行なっているようだ。
 谷口たち3人を見つけた年配の私服が近づいてきた。
「あなた方は、庄原署の安川警部補と長尾巡査部長ですね。先ほど、久賀管理官から連絡をいただきました。私は、中央署の田代といいます」
 そばから谷口が
「一係りの係長、田代警部です。私の直属の上司でもあります」
と、階級を含めた紹介を継ぎ足す。
 安川と長尾は、挨拶をすませ、これまでの大まかな経緯を説明した。
 田代は
「先ず、現場を見ていただきましょう。鑑識の話だと、この林の中が殺しの現場らしいです」
 黒松の間に生えた背の低い雑草の一部が踏み荒らされ、細い道みたいなものが出来ている。田代警部は、ゆっくりとその細い道の上を歩いて、3人を現場へと案内した。
 鑑識作業はほとんど終わり、遺体にはグレーのビニールシートがかけられている。
 安川たちは、遺体に手を合わせ、シートをめくった。
 香澄の顔は、エトワールの事務所で見せられた、履歴書の写真と同じであったが、顔面を殴打されたのか、あちこちが腫れ上がり、頬からあごにかけての擦り傷がひどい。唇は切れ、出血で血のりがこびりついている。腕や足にも内出血の跡が黒ずんだままで残り、犯人が拷問に近い暴力をふるい、香澄から情報を聞き出そうという執念がうかがえた。