幻影の彼方(23)

  瑞希七塚原へ
 
 3人は香澄に会って事情聴取することをあきらめ、一旦、中央署へ引き返した。
「私は、久賀管理官にこれまでの経緯を報告してきます。お疲れになったでしょうから、会議室で一休みしていてください」
 谷口は車を降りると、そういい残し足早に署内へ消えていった。
 長尾たちが、玄関の前まで来ると、その附近で待機していたと思われる若い女性が急ぎ足で近づいて来た。
 細身のジーンズに白いTシャツ姿の、見るからに活発そうな二十歳前後の女性であった。身体全体からは、清楚な雰囲気を漂わせている。
「あの・・・、先日、私の家にお出でになった刑事さんたちですよね。私、門脇の娘で、瑞希といいます」
 と、ぴょこんと頭を下げた。それを見た安川が
「ああ、門脇さんのお嬢さんですか。このたびはお父さんがあんなことになって、お力落しのことでしょう。今日は何か・・・?」
「はい、私も妹も、まだ現実が受け入れられない状態です。でも、母の悲しみはそれ以上なので、しっかりしないと、と、妹と励ましあっています」
 長尾は、瑞希と安川のやり取りを聞きながら、話している瑞希の口元を見続けた。瑞希の白く輝く歯と、形の整った口元が眩しく映る。
「ここでは、込み入った話は出来ないし、中へ入りましょう」
 安川は先導するように、署内へ入っていった。
 ようやく長尾は口を開き
「僕がご案内します。こちらへどうぞ」
 瑞希は初めて入る警察署の中を、興味深そうにキョロキョロしながら、長尾の後についてきた。
 部屋へ入るなり
「あの・・・、父が普段使っていた洗面用具の中から、こんなものを見つけたのですが・・・。母に話したら、刑事さんのところへ持って行きなさいと、云われまして」
 瑞希はショルダーバッグから、一枚の紙片を取り出した。
 B5くらいの、ノートの切れ端のような紙片に、数人の名前と住所、一部には電話番号も書かれている。最後の欄に書かれた人物の名前は、急いで走り書きしたのか、字が乱れ、かすんで、はっきりとは読み取れない。
 安川は興味深そうに、紙片に目をやりながら
「ここに書かれている人たちの名前は、お父さんの部屋でたくさんの書類に目を通したときには、出てこなかった者ばかりです。重要な参考になるかもしれません。これを預からせてもらえますか?」
「もちろんです。私たちが持っていても、何がなにやら判りません。警察の方々が一日でも早く、父の無念を晴らしてくださることを願うばかりです」
 瑞希は悲しみを抑えた口調で、安川に訴えかけ
「私、一度、庄原市七塚原というところへ出かけ、父の遺体が見つかったところへ、花を手向けたいのですが・・・、庄原は遠いのでしょうね」
「今は交通機関が発達していますから、新幹線でも高速を使っても日帰りできる距離ですよ。そうだ、そのときは連絡してください。この長尾刑事がご案内しますので」
 安川は、にやりと意味ありげな笑いを長尾の方に投げかけ、すぐさま表情を戻して瑞希に応えた。
 長尾はあわてて
「ぜひ、庄原へいらしてください。僕がご案内します」
 そう云いながら、携帯の番号を名刺の裏にメモして瑞希に渡した。
「それじゃあ、私の番号もお知らせしておきますね。そのときは、どうかよろしくお願いいたします」
 長尾の方へ笑顔を向けながら、瑞希はいかにも若い女性のものらしい名刺を取り出し、自分の携帯番号を長尾と同じように書き込んだ。
 名刺には、S学院大学 英文科 門脇瑞希 と、印刷されている。
 長尾は大切な宝物を扱うように丁寧に、瑞希の名刺を仕舞い込んだ。
「それじゃあ、私はこれで失礼します。これからもよろしくお願いします」
 瑞希は、ぺこりと、二人にお辞儀して席を立った。その仕草の可愛さにボーっとなっていた長尾へ安川がニヤニヤした笑いを取り戻し
「ほら、お嬢さんを玄関まで送りなさい」
 あわてて部屋を出て行く長尾とすれ違うように、谷口が報告を終えて戻ってきた。谷口は瑞希の後ろ姿を穴のあくほど見つめている。
 二人の姿が見えなくなって、ようやく口を開いた。
「きれいな娘さんですねえ。どこの人ですか」
「あれはガイ者の娘で、こんなメモが見つかったからと、わざわざ届けてくれたんですよ」
 谷口は安川の手からメモを受け取り、眺めていたが
「この中には、筑川町(ちくせんまち)に本社を置く建設会社の役員の名前がありますねえ」
「ほう、そうですか。なにか役に立ちそうですかね」
 そこへ、瑞希を玄関まで送った長尾が戻ってきた。