幻影の彼方(21)

 3人が病院へ駆けつけると、処置を終えたサブが外来受付の前に並べた長椅子に座った居る。数メートルはなれた場所に目立たぬように、中央署の刑事が立っていて、3人に頭を下げた。
 いち早く谷口がサブの方へ近づくと、それに気づいたサブが
「ああ、谷口さん。やばいことになりました」
 思っていたより元気そうなサブの姿を見て、3人の刑事たちの顔にも安堵の表情が広がる。
「診察は終わったのですね。重症か思い心配して駆けつけたのだが、傷は思ったより軽かったみたいですね」
「医者は、傷は浅いと言ってました。顔だったから出血がひどかったのですがね。薬をもらったら帰れそうです」
「店に帰る前に、署で少し事情聴取が必要です。私たちと中央署へ行きましょう」
 谷口とサブの会話を黙って聞いていた安川が
「あんたを襲った者に、心当たりはありますか?相手は何人いたのですかね」
と、苛立ちを押さえた口調で話しかける。
「店員が、店の外で騒いでいる者がいる。と、知らせてきましたので、私が駆けつけました。正面の男が看板を蹴りながら私のほうを向いて、何か大声で罵声を浴びせていたので、近づくと、後ろからいきなりスパナみたいなものを振りかざした若い男が殴りかかってきたのです」
「つまり、あんたを襲ったのは、二人組みということですか」
「その辺の詳しい事情は、署の方で聞かせてもらいましょう」
 サブが呼ばれて、薬の処方箋をもらい腰を上げる。病院に隣接する薬局で薬をもらい4人は中央署へ移動した。
 中央署ではすぐに事情聴取が始まった。
 谷口が
「あんたを襲った二人組みには、心当たりが無いということだったが、相手ははじめからあんたを標的にしたのは、間違いないと思う」
「そういえば、スパナみたいなもので、殴りつけてきた男は、『口は災いのもとじゃけんのう』と、いってました」
 安川が
「”・・・じゃけんのう・・・”という言い方は、こっちでは使わない。どっちかというと、広島弁に近いなあ」
「サブさんの口封じのために、誰かが、面の割れていないよそ者を使って、襲わせたということですかねえ」
長尾がつぶやくように意見を述べる。
「いずれにしても、今度のあんたの災難は、予想されたことだ。我々の警護の隙を狙って襲ってきたのだろう」
 安川の言葉を引き継ぐように、谷口が
「あんたは、大事なことは口をつぐんで、我々に何も話してくれなかったが、こうなると、包み隠さず話してもらわないとなあ。事件が解決されればあんたの身は安全になるが、このままだと、命の危険に身をさらすことになりますよ」
 頭に巻いた包帯が気になるのか、盛んに頭に手をやりながらサブは小さくうなずいた。
 やがて、3人の刑事を前にして、サブは重い口を開いた。
 サブの口から出た話の大半は、谷口たちが捜査の過程で得た情報や推測を裏付けることだけで、とくに目新しい情報だとは、いえなかった。
 その中で、3人の目が光ったのは、門脇がある県会議員の動向に注目して、サブに情報収集をいらしたことを話したときであった。
 その県会議員というのは、倉島豊という県議会の大物で、利権がらみの話が出てくると、必ず名前が取りざたされる曰くつきの人物であった。
 例の人工島の埋め立てに関しても、何度も警察の事情聴取を受け、その都度上手く切り抜けてきた県政界のドンである。
「それで、倉島議員については、どんな情報を門脇氏に提供したのだね」
「建設業界の埋め立て工事に関しての口利きの件がほとんどでした」
「おかしいな、その件については、警察の取調べを何度も済ませ、県警挙げての捜査で、大した物証は出なかったんだよなあ。その他にも表ざたのなっていない事案があったということだろうか」
 谷口は、自分に言い聞かすような態度でつぶやいた。
 その様子を見ながらサブが
「じつは、これだけは絶対に秘密にしておくと、洋ちゃんと約束したのですが・・・」
「ほう、事件解決のために是非話してもらいたい。どんなことだい?」
 サブは、谷口にうながされて重い口を開き始める。
「じつは、洋ちゃんには、付き合っていた女が居たんです。その娘(こ)ならもっといろいろなことを知っているのじゃないでしょうか」