幻影の彼方(19)
市場警部補の発言は、捜査員たちの興味をひき、神石高原町が殺しの現場ではないかとの意見に、うなづく者が出始める。
長尾は、九州での可能性を捨てきれず
市場警部補は
「土地勘と言うことから、俺は神石町が現場であるということは間違いないと思う。大分県や熊本になると、あまりにも遠いぞ」
そこに川口警部が割り込んで
「とりあえず、神石町の聞き込みから始めよう。九州の高原の方も同時に進めたいが、これから誰に行ってもらうか人選しないとな」
長尾にしても、いくら九州説をとなえても、九州中央部の地理的知識はゼロに等しい。どんなところか、誰に相談すれば良いのかなど、仕入れに必要な知識は山ほどある。
そのうち、神石高原町での目撃者探しなど、出向くものの人選に入り、市場警部補を中心に、数名が選ばれた。
「長尾君には、安川警部補と再び福都市へでかけてもらう。そのパチンコ屋の社員とか、あっちで調べることが何一つ片付いてないからな」
長尾は、川口警部の言葉に納得して、その日の会議は終了した。
会議中ヒゴタイの件に関して、発言を控えていた安川が、長尾の方へやって来る。
「おい、腹が空いたろう。少し早いが昼飯を食べに行こう」
安川は、長尾が神石町の聞き込みに力を入れることには、納得していないことが判っていた。長尾を食事に誘い、話を聞いてやって、ガス抜きをさせようとしたのだ。
レストランに入るや否や、長尾は
「福都市の市会議員がどうして、神石町で殺されなきゃあならないのですか。市場警部補の意見は、説得力がまるでありません」
と、早速安川に割り切れない気持ちをぶっつけてきた。
「俺もお前さんと、同意見だ。神石町でいくら聞き込みをしても、何も出てこないだろう。俺たちは福都市での懸案事項を片付けて、九州山地の方へ捜査の手を広げればいいじゃないか」
昼食を済ませて署へ帰ると、二人はすぐに川口警部の呼び出しを受けた。
署長室で待っているとのこと。ドアを開けると
「やあ、長尾君、例の葉っぱの件、お手柄だったな。あれで沈滞ムードの会議が、一挙に盛り上がった。いずれにしてもこのことで、殺しの現場が特定される可能性が高まったことは事実だ」
署長の近藤は笑顔で二人を迎えてくれた。そばから川口警部が
「でかしたぞ、長尾君。神石町方面の聞き込み、捜査は、市場君たちに任せるとして、安さんと君は、引き続き福都市での捜査に出向いてもらう」
安川が、長尾の気持ちを代弁するように、質問する
「そうだよなあ。市場君は神石町に間違いないと、張り切っていたが、マルガイが福都市の市会議員という立場から判断すれば、九州のどこかで殺されたという仮設の方が、現実味が濃い」
長尾は、川口警部が、自分と同じ見解であることに、喜びを噛み締めながら警部の次の言葉を待った。
「福都市で聞き込んだパチンコ屋の男。福都湾の埋め立てに関する資料の収集と調査。手を付けなければならないことが山ほどある。これらを一つ一つクリアしながら進めば、事件解決へと大きく前進できる」
長尾は、川口警部の言葉に納得はしたが、ヒゴタイの自生地に自ら出かけ、手がかりを掴みたいとの想いは捨てきれず、黙って頭を下げた。
安川が長尾の胸中を推し量り
「長尾君、福都市では、お前さんと二人で調べなきゃあならないことが山ほどある。若いお前さんが頼りなんだ。がんばろうぜ」
長尾には、自分のことにことさら気を使ってくれる安川の気持ちが伝わり、市場警部補たちへの対抗意識をくすぶらせている自分を恥じた。
「そうですね。福都市で調べることが中途半端なままで、帰りましたので、あちらで頑張らないといけませんねえ」
長尾の表情からは、迷いが消えて、いつものやる気満々の姿を取り戻していた。