幻影の彼方(14)

 店の中は、長いカウンターの向こうに厨房があり、カウンター脇の通路の反対側には5つのテーブル席。20人程度で一杯になりそうな広さの店であった。
 カウンター越しに立ち上がった60歳ぐらいの男が、開店前に訪れた二人組を見つめた。
 谷口が警察官の徽章(きしょう)を見せ、身分を名乗り
「あなたがこの店の主人ですか?」
 主人か?と訪ねられた男性は、黙ってうなずく。
「警察ん人が、何の用な。俺んとこは、警察の厄介になるような商売はしとらんが・・・」
「今日来たのは、この店の商売に関することじゃあありません。ここに、門脇洋三という市会議員がチョクチョク姿を見せていたと、聞き込んだものですから、参考になることが聞けるかもしれないと思ってね」
 谷口は、気難しそうな店の主人に対して、丁寧な言葉で応じる。
「ああ、門脇さんな。議会が開かれているときは、よく顔を見せていたバイ。あん人、殺されたとか?俺よりうちん奴の方が、よく知っとるこつが多かろうケン、おおーい!はるみ~、ちょいと来てんかあ~」
 方言丸出しの親爺は奥のほうへ声をかけ、連れ合いらしい女性を呼んだ。どうやら、”はるみ”と言う屋号は、奥さんの名前をそのまま付けたものらしい。
 奥からいかにも居酒屋の女将さんといった様子の女性が、手を拭きながら顔を出した。
 開店にはほど遠い時間に訪れた、若い二人の男を見ながら
「あんた達、警察の人じゃろう?門脇さんのこつで、警察が来ると思っていたとバイ」
 と、長尾たち二人が警察の人間だと言うことを、見抜いている。
「奥さん、門脇さんは、この店に来るとき、いつも一人で来ていましたか?それとも、誰かいっしょに来ていましたか」
 谷口が口早に質問する。
「最近は、他の人といっしょに来るコツは無かったねえ。昔は同僚と来て、賑やかに飲んどったバッテン・・・」
 女将さんの返事に、失望感を感じながら谷口は
「じゃあ、最近は一人で来て、飲み終わったらさっさと引き揚げていたということですか?」
「いいや、違うっタイ。大抵は、奉天のサブちゃんと連絡をとって、ここで食事をしていたと思うよ」
 この、はるみの一言は、二人の刑事の沈みかけていた気持ちを高ぶらせるのに、絶大な効果があった。
 はやる気持ちを押さえながら、長尾が
「二人がここでどんな話をしていたか、判りませんかねえ」
「いいや、ここでは、他の人が居るからと思うけど、ほとんど話らしい話はしとらんかったとよ。別々の席で飲み食いするコツもよくあったとバイ」
はるみは続けて
「ただ、いつも、どちらかが勘定を済ませて席を立つと、もう一人も同じように、すぐに勘定を済ませて店を出ていったねえ。あれは、その後で二人きりになり込み入った話をするため、ここを待ち合わせの場所として使っちょったんじゃあないかねえ」
奉天のサブっていうのは、どこに行けば会えますか?奉天というのは、駅前のパチンコ屋のことですか?」
「そうタイ。サブちゃんは奉天に勤めだしてからずいぶん長いと思うよ。あすこでは一番の古株っタイ」
 二人はサブの人相や年令、髪型などを聞きだして、”はるみ”を後にした。