幻影の彼方(13)

 長尾は気持ちの高ぶりが治まらないまま、寝つきの悪い夜を過ごしたが、いつもより早い目覚めを迎えた。
 はなれたベッドでは、安川が軽い寝息を立てている。安川の睡眠を妨げないように、そっと、ベッドを離れた長尾は、一階のフロントへ降りていった。
 フロントのソファに腰を下ろし、新聞に目を通す。門脇関連の記事を探すが、事件が表ざたになって数日が過ぎていることもあり、地元の新聞にもそんな記事は出ていない。
 長尾が再び部屋に戻ると、安川が目を覚まし両腕を高く伸ばし、軽く身体をほぐしていた。
「お早うございます。疲れはとれましたか」
「おう、ぐっすり眠れたよ。お前さんが起きて居なくなったのにも、まったく気がつかなかった。こんなんじゃあ、刑事の仕事もいつまでやれることやら・・・」
 安川はいつになく、弱気な言葉をつぶやく。
「あと1時間もすれば、谷口さんがやってきます。そろそろ飯を食いに行きましょう」
 長尾は、安川の弱気な言葉に反応することを、わざと拒否して朝食に誘った。
 やがて時計は9時を示し、同時に長尾の携帯が着信音を鳴らす。谷口からの電話で、フロントに来ているとのことであった。
 出発の準備が整っていた二人は、すぐさま階下へと降り立った。
 昨日打ち合わせたように、今日は安川と長尾は別行動となり、その旨を谷口に確認する。
「それじゃあ、我々は先ず市議会の事務局を訪ねます。門脇議員の交友関係や行動の足あとなどが、判るかもしれません」
 谷口の言葉に対して、安川は
「手順としてはそれがベストだろうな。今日一日長尾君を預けますので、よろしくお願いしますよ」
 長尾の上司としての安川の言葉に、谷口はやや緊張気味に
「承知いたしました。こちらこそよろしくお願いいたします」
 安川は、昨日の門脇のマンションへ、長尾と谷口は反対方向の市議会の事務局へと、別行動が開始された。
 議会の事務局は、福都の市役所に隣接された建物の中にあった。
 そこでは、事務局長の秋山という初老の人物が応対に当たってくれた。市議会が開かれていない時期の事務局は、数人の職員がヒマそうに書類や新聞などに目を通している。
 話を聞いてみると、門脇の交友関係は与野党を問わずで、その広さに驚かされる。しかし、議会内に特に親しいという関係者を見つけることはできなかった。
 秋山は
「門脇先生には、行きつけの一杯飲み屋がありましたので、そこだと何か判るかも知れませんねえ」
「その飲み屋というのは、どこですか?ここから遠いのかなあ?」
 長尾も谷口も俄然興味をそそられ、同時に同じ質問をして、互いに目を合わせ照れくさそうに口元を緩めた。
 二人は、秋山から店の名前と住所を聞き取り、事務局を後にした。ここではこれ以上参考になるような話は聴けそうにない。
 二人はそのまま、教えられた一杯飲み屋を目指した。
「一杯飲み屋というのは、居酒屋のことでしょうから、今から行っても閉まっているかもしれませんねえ」
 長尾は時計を見ながら、谷口に問いかけた。
「私もそう思います。場所を確かめておくだけでも良いので、とにかく行ってみましょう」
”はるみ”という一杯飲み屋は、すぐに見つかった。
 入り口は閉じていたが、ドアに手をかけると鍵はかかっていない。二人は顔を見合わせドアを開け、中に向かって声をかけた。