幻影の彼方(12)

 君子は、家庭にあって、夫として、父親としての門脇の様子には、いろいろと涙を交えながら語ったが、市会議員としての夫の生活には詳しい話は、何ら出来なかった。
 ひとしきり、話を聞いた後から安川が
「奥さん、ご主人の部屋を見せていただきたいのですが・・・」
「ああ、主人の部屋は、そのままにしています。掃除はしますが難しい書類などがありますので、なにも手を付けていません。こちらです。どうぞ」
「それはありがたい。部屋は亡くなる前の状態ということですね」
 3人は、君子にともなわれて、門脇が生前使っていた4畳半ほどの書斎へと入っていった。
 部屋は、議会での資料などが山積みされていて、どこから手を付けていいか、途方にくれるような状態であった。
 この中から、門脇が殺されねばならなかった原因の根元を掘り出す作業は、経験の浅い長尾にとって、気の遠くなるような気分にさせるだけであった。
 その横で、黙々と安川が書類の一つ一つに丁寧に目を通している。僅かなことでも見逃さず何とか手がかりを掴もうとするベテラン刑事の作業を見て、長尾は恥ずかしさで一杯になった。
 谷口は、部屋の入り口で、君子の横に陣取り、二人の作業を黙って見つめている。
 やがて、安川が
「奥さん、この部屋の資料だけを調べるのに、あと1日はかかりそうです。今日は一旦失礼して、明日、出直したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
 君子は
「一日でも早く、主人の無念を晴らしていただきたいので、どうかよろしくお願いいたします」
 3人は、門脇の遺影に向かって頭を下げ、門脇のマンションを後にした。
 車に乗り込むと同時に安川が
「議会資料の中で、気になったのは福都湾の埋め立てに関する書類が、異常に多かったことだ。今度の事件の元はこの辺にあるのかなあ」
「私も、同じことを考えました。人工島が出来てから庭石やケヤキの植え付けなど、マスコミで大きな話題になりましたよねえ」
 安川と長尾の会話に割り込むように谷口が
「福都湾の埋め立てにともなう、工事や景観作りの問題は、たびたび議会で取り上げられました。門脇議員は、開発公社の理事や市長を追及する野党議員の中では、一番目立つ存在でした」
 谷口は、ハンドルを握りながら、福都市の抱える問題について、ひとしきり、地元の人間として、これまで掴んでいることに関しての説明を続けた。
「明日も資料の残りに目を通さなきゃあいけないが、お前さんは谷口君に協力してもらい、門脇の身辺調査の方へ力を入れてくれ」
 安川は長尾に、門脇の交友関係、トラブルのあった者は居なかったか、などの具体的な調査方針を伝えた。
「谷口さん、今日はこれぐらいで明日からの作戦を、ホテルで練ることにします。明日は、長尾君を同行させてもらい、ガイ者の交友関係を洗う手助けをお願いします」
 二人は谷口と分かれた後、予約してあったビジネスホテルでチェックインを済ませ、ロビーのソファに腰を下ろした。
「今度のヤマは意外と長引くかも知れねえな。何にしても地元警察の協力は欠かせねえ。お前さんは谷口君と同じ階級の部長刑事だ。年頃も近いしうまく彼の協力を取り付けて、さっき話したことを中心に行動してくれよな」
 安川は、長尾と二人だけになり肩の力を抜いたのか、言葉遣いが庄原署に居て、若い刑事達に話しかけるときの伝法な口調になっている。
 長尾はそんな安川警部補のリラックスした様子に、ホッとしながら
「警部補、今日は早めに休んでください。しっかり睡眠をとって明日からの強行軍にそなえてください」
「なんだ、それは俺がお前さんに云うセリフだぞ。庄原から車を運転して、福都に着いた途端、捜査開始だったから疲れただろう」
「私は、警部補より若いので、平気ですよ」
「そうだよなあ。倍近く年が違うと言うのは事実だから、文句も言えねえ。川さんへ連絡を入れておくが、あと、2,3日はかかりそうだ。良いお土産を持って帰られれば良いが・・・」