幻影の彼方(11)

 庄原から九州の北部に位置する福都市までは、広島に出て、そこから新幹線を利用すれば、3時間弱で行ける。
 しかし、現地で動くことを考えれば、車の方が便利であろうとの結論になり、長尾の運転で庄原から高速道で福都市を目指すことになった。
 大阪や神戸など、関西方面には度々出かけたことはあったが、海の向こうの九州へは車で出かけることは初めての二人であった。
 高速道にしてはカーブの多い中国道だが、交通量が少ないので車は快適な走りを続ける。
 長尾は、関門橋を渡るとき、急峻な海峡の流れを見下ろしながら、初めての土地と云っていい九州に分け入る気持ちの高ぶりを感じて、ハンドルを握り締めた。
 九州道に入ると、交通の流れは一変し、大量の車の洪水の中を流されてゆくような感覚で、車は一気に福都市へと近づいた。
 福都中央署では、連絡を受けていた谷口刑事が、玄関まで出迎えてくれていて、そのまま署長室へと案内された。
 広域捜査の場合、地元警察への挨拶は欠かせない仁義で、これの良し悪しでこの後の捜査協力のあり方が違ってくる。
 長尾からみると海千山千のベテランである安川警部補の表情に、緊張感がみなぎっている。それを見て長尾も思わず両肩に力が入る。
 ところが、署長は二人を笑顔で迎えてくれ
「やあ、やあ、遠路をご苦労さん。こちらの住人でしかも現職の市議会議員が被害者というので驚きました。協力は惜しみませんので、一日も早い事件解決をお願いしますよ」
 大所帯の福都中央署の署長の階級は警視正である。巡査部長の長尾などから見れば、雲の上の人である。その署長から好意に満ちた言葉を受け、二人の気持ちは見る見る和らいでゆく。
「お二人に久賀警視を紹介しておきましょう。久賀警視は刑事課の管理官です。今後何かと力になってくれると思いますので、困ったことがあればすぐに久賀管理官にご相談ください」
 署長は、そばで温和な表情で二人を見つめていた、久賀警視を紹介してくれた。
 久賀管理官は、軽く挨拶して
「こちらにいらしゃる間、谷口君を同道させますので、遠慮なく捜査に協力させてやってください」
 署長や久賀警視の親切な言葉に、ホッとしながら二人は谷口の方へ顔を向けよろしくとのポーズをとった。
 挨拶を済ませた二人は、早速
「谷口さん、ガイ者の奥さんに、先ず会いたいのですが、事情聴取はできそうですかねえ」
 昨日の門脇の妻、君子の気持ちを思い出し、安川が口を開いた。
 谷口は、このことが避けて通れないことを、昨日の帰りの車中で落ち着きを取り戻した君子へ話して聞かせていた。
「これから、門脇氏のマンションへご案内しましょう。奥さんはまだショックから立ち直れてはいないと思いますが、協力は出来ると思います」
 3人は、福都市の西に位置する門脇のマンションへと向かった。
 門脇には、中学生と大学生の二人の娘が居るとのことであったが、マンションでは妻の君子だけが、3人を迎えてくれた。
 焼香を済ませた後、安川のリードで事情聴取が始まった。