幻影の彼方(7)

「私は、庄原署の安川といいます。あなたが最初に遺体を発見したのですね」
中年の安川と名乗る刑事に続いて、若い方も
「同じく、庄原署の長尾です。発見当時の様子を詳しく聞かせてください」
 詳しくも何も無かったのだが、菊川は二人の刑事に発見時の様子を丁寧に説明した。
 遺体の見分を進めていた鑑識のリーダーと思われる男が
「もっと丁寧に草を掻き分けて、他に遺留品が無いか捜すんだ」
と、若い鑑識班の連中に大声で話しかけている。
 遺体はうつぶせの格好で草原に寝そべるように倒れていた。顔は横を向き、命の灯火が消えようとするときの苦悶の表情のままであった。
 鑑識班の班長佐藤は、入念に検分を進めたが、携帯電話、財布、免許証の類は持ち去られたようで、見つからない。
 背広には、ネームが刺繍されてなく、身元を示す手がかりはない。
 遺体の近くには、有名ビール会社の缶ビールが中身を飲み干された状態で転がっていた。
 これが、唯一の遺留品と思われるものであった。
班長、これは何でしょう?」
 若い鑑識員が遺体のズボンの折り返しを広げ指差す。そこには、緑色の植物の葉らしいトゲトゲの断片が、繊維に絡むようにへばりついている。
「これは、おそらくアザミの葉っぱだろう。見ろ、そこここにアザミがたくさんあるじゃあないか。死体を遺棄する途中で折り返しに紛れ込んだのだろう」
 佐藤は、こんなもの身元確認の参考にもならねえじゃないか、と、云わんばかりに首を横に振った。
 若い鑑識員は、その言葉を聞いて
「それじゃあ、捨てます」
と、折り返しから葉っぱをつまみ出そうと、手を伸ばした。
「待ってください。一応、遺体についていたものですから、鑑識さん、写真をお願いします」
 後ろから聞こえる声に反応して振り返ると、巡査部長の長尾刑事が遺体のそばの鑑識員を見つめている。
「こんなもの、何の参考にもならねえぞ」
 班長の佐藤が、長尾の方に顔を向け口元をゆるめながら応える。
 写真を撮り終えた後、長尾は
「それじゃあ、念のために私が預かります」
と言いながら、ビニール袋にその緑色の葉っぱの断片を入れ、ポケットにしまい込み、菊川に事情を聞いている安川刑事のところへ戻っていった。
 二人の刑事から、何度も同じような質問を受けながら、菊川は空腹を覚えながらも忍耐強く、1時間近くにわたる聴取に応じた。
 やがて、現場での仕事を終えた警察の関係者は、現場への立ち入り禁止のテープはそのままに、遺体の搬送を済ませ引き揚げていった。
「また、後日お話をきかせてもらうこともありますので、その節はよろしく」
と、当分はいつでも警察の事情聴取に応じられることが出来るようにとの、含みを持たせた年配刑事の言葉を最後に、菊川はようやく解放された。
 朝飯がまだだったので、どおっと疲れと空腹感が菊川の身体を襲う。