幻影の彼方(6)
七塚原SA
丹精をこめた野菜が、期待通りに実っている様子に目を細め、持参した背負いかごに、ナスやトマトを丁寧に入れてゆく。
収穫に夢中になって気がつかなかったが、愛犬ベスの様子がいつもとは違う。
つながれたリードをピーンと引っ張り、一方向へ目を集中させて低くうなり声を立てている。
はじめは、野うさぎかイノシシの糞でも見つけてうなっているのだろうと、気にもしなかったのだが、今朝のベスの仕草は明らかにおかしい。
菊川はリードをつないでいた柿の木からはずし、出かけてきたときのようにリードの端っこを持って、ベスが動く方向へついて行く。
この辺りは10月ともなると、名物の朝霧や雲海で見通しが悪くなるのだが、残暑の残るこの季節は、遠くまで視界が利く。
その視界の向こうに、黒っぽい人間の寝姿が映った。
耕すものが居なくなった荒れ放題の耕作放棄地は、大人の背丈近くまで雑草がはびこり、盛りを過ぎたアザミの花が、わずかに荒地の彩りとなっている。
そこには、40代半ばと思われる濃紺の背広姿の男が、うつぶせになった状態で倒れていた。
上から見おろすだけの観察であったが、どうやら外傷は目に付かない。長いこと地元の消防団で活躍、最近では若手を指導する立場にある菊川は、素人なりに、これ以上現場を荒らしてはならないと考え、ベスを連れてゆっくりと荒地の外へ出て、携帯で110番を終えた。
顔見知りの駐在がバイクでやってきた直後に、サイレンの音が聞こえ、2台のパトカーが到着。現場の様子が一変してあわただしい雰囲気に包まれる。
数名の警察官が死体のそばにより、残りの警官は杭を打ちながら黄色いビニールテープで、一般人が立ち入れないように規制線を作ってゆく。
パトカーのサイレンの音で気がついた、サービスエリアで休憩していたドライバーたちが、柵の向こうから興味深そうに、こちらを見たり、指差したりしながら大声で話をしている。
やがて、新たなパトカーや大型のワンボックスカーが到着し、十数名の警察関係者が機材などを降ろし始める。
静かな高原の朝は、騒然とした雰囲気に変わり、きびきびと動く警察官の表情に緊張がみなぎっている。
第2陣として到着した警察官は、青い行動服に”鑑識”と染め抜いた腕章をつけていた。
そのうち、邪魔にならないような位置で、成り行きを見守っていた菊川のもとへ、中年と若手の刑事らしい私服の男が近づいてきた。