幻影の彼方(6)

   七塚原SA
 
 中国山地を横切り、関西方面へ伸びる中国自動車道
 周南市から広島、岡山を抜ける山陽道の開通にともない、交通量は激減したが、山陰方面への用足しに利用する人々にとっては、欠かせない重要な大動脈である。
 中国山地は、標高数百メートルといった、なだらかな高原が続く。広島県の三次、岡山県の津山など、山陽と山陰を結ぶ古くから発展した中核都市が点在する地域である。
 庄原市七塚原サービスエリアのすぐ近くに畑を持つ、農家の主人菊川浩二は、この時期、早朝の散歩をかねて愛犬ベスと畑まで出かけて、ナスやとうもろこしなどの野菜を収穫して帰るのを日課にしていた。
 丹精をこめた野菜が、期待通りに実っている様子に目を細め、持参した背負いかごに、ナスやトマトを丁寧に入れてゆく。
 収穫に夢中になって気がつかなかったが、愛犬ベスの様子がいつもとは違う。
 つながれたリードをピーンと引っ張り、一方向へ目を集中させて低くうなり声を立てている。
 はじめは、野うさぎかイノシシの糞でも見つけてうなっているのだろうと、気にもしなかったのだが、今朝のベスの仕草は明らかにおかしい。
 菊川はリードをつないでいた柿の木からはずし、出かけてきたときのようにリードの端っこを持って、ベスが動く方向へついて行く。
 この辺りは10月ともなると、名物の朝霧や雲海で見通しが悪くなるのだが、残暑の残るこの季節は、遠くまで視界が利く。
 その視界の向こうに、黒っぽい人間の寝姿が映った。
 耕すものが居なくなった荒れ放題の耕作放棄地は、大人の背丈近くまで雑草がはびこり、盛りを過ぎたアザミの花が、わずかに荒地の彩りとなっている。
 そこには、40代半ばと思われる濃紺の背広姿の男が、うつぶせになった状態で倒れていた。
 上から見おろすだけの観察であったが、どうやら外傷は目に付かない。長いこと地元の消防団で活躍、最近では若手を指導する立場にある菊川は、素人なりに、これ以上現場を荒らしてはならないと考え、ベスを連れてゆっくりと荒地の外へ出て、携帯で110番を終えた。
 顔見知りの駐在がバイクでやってきた直後に、サイレンの音が聞こえ、2台のパトカーが到着。現場の様子が一変してあわただしい雰囲気に包まれる。
 数名の警察官が死体のそばにより、残りの警官は杭を打ちながら黄色いビニールテープで、一般人が立ち入れないように規制線を作ってゆく。
 パトカーのサイレンの音で気がついた、サービスエリアで休憩していたドライバーたちが、柵の向こうから興味深そうに、こちらを見たり、指差したりしながら大声で話をしている。
 やがて、新たなパトカーや大型のワンボックスカーが到着し、十数名の警察関係者が機材などを降ろし始める。
 静かな高原の朝は、騒然とした雰囲気に変わり、きびきびと動く警察官の表情に緊張がみなぎっている。
 第2陣として到着した警察官は、青い行動服に”鑑識”と染め抜いた腕章をつけていた。
 そのうち、邪魔にならないような位置で、成り行きを見守っていた菊川のもとへ、中年と若手の刑事らしい私服の男が近づいてきた。