幻影の彼方(5)

 この日、門脇は幼い頃からの同級生である方島三郎を誘い、エトワールへやってきた。
 方島は通称”奉天のサブ”といい、門脇の大事な情報源の一つとして、裏から支える役割を担っていた。
 重大な情報をもらった後などで、いっしょに飲み屋の暖簾をくぐることなどが習慣になっていたともいえる。
 奉天というパチンコ店での勤めが長い方島の情報は、小さな取るに足らぬものが多いといえたが、門脇の議員活動には欠かせない情報源の一つといえた。
 そのとるに足らぬ小さな情報が、大きな不正を暴くきっかけとなったことも何度かあったのだ。
 その夜、指名したホステスは、あちこちから声がかかり、その穴を埋めるために門脇たちの席へ座ったのが、香澄であったのだ。
 接客商売の香澄の方が早く気がつき
「あらっ!この前はお世話になりました。ひゃあ、嬉しいわあ。お会いできて」
 先日とは化粧や服装がまるで違っていたので、はじめはビックリするだけの門脇であったが、すぐに思い出すことが出来た。
「君はここへ勤めていたのか。僕も嬉しいよ。君みたいなきれいな人と再会できて」
「そんな、”君”なんて云わないでください。私、香澄と申します。これから御ひいきにしてくださいね」
 香澄は、胸元から名刺を取り出し、二人に差し出した。
 となりで門脇と香澄のやり取りを見ていた方島が
「洋ちゃん、隅に置けないねえ。相変わらず顔が広い。こんな美人とお知り合いとは、オドロキモモの木だあ」
 
 再開してからの香澄との親密さが増していくのには、たいして時間はかからなかった。
 面白いことに、夢中になってきたのは、香澄の方からであった。はじめは、営業目的の計算が働いているのだろう、俺みたいな家庭持ちの冴えない中年男に、こんな若くてきれいな娘が言い寄ってくるなんて、あり得ない。
 門脇はいたって冷静に、お客とホステスの関係と割り切っていたほどだ。
 それなのに、ひと月も経たないうちに、香澄の方から
「洋ちゃん、今夜はひけた後、お食事に行かない?私、洋ちゃんにお食事をおごってもらいたいと前から思っていたの」
 クラブのホステスと食事に行くというのは、食事の後も自由行動が続くということで、門脇は二つ返事でOKのサインを出した。
 こうして、香澄との親密交際は、始まった。
 門脇は、立場上、香澄との交際を、異常なほど他の人間に悟られないように気配りしながら続けていった。
 エトワールへ飲みに出かけるのも意識的に回数を減らした。席に着いたとき香澄を指名するのも、毎回ではなくなった。
 門脇には、こんな場合の防衛本能というのか、自然に振舞う中で、他人に知られたくない真実を巧みに隠してしまうという能力が、生まれつき備わっているともいえた。
 普通の男であれば、若い香澄の魅力のるつぼに、埋没してしまいそうな感情に支配されてもおかしくはない。
 ところが、門脇は、そんな中年男の危うさというものを、持ち合わせていなかったともいえる。
 ギリギリのところで、本能的とも思える制御装置が見事に働き、巧みにコントロールされながらの付き合いが続いていった。
 付き合いを重ねるうち、香澄にもそのことがわかってきたのだが、香澄の気持ちはもう後戻りできないほど、門脇に傾いていた。どんな女心か理解できないのだが、なんとか、自分の方へ関心を寄せてもらおうというという香澄の気持ちは、門脇へのいろんな行動、働きかけに表れた。