幻影の彼方(4)
ホテルの予約は香澄がおこなう。香澄の仕事柄、午後の早い時間にチェックインできるホテルが二人の希望であった。
香澄が先に来て、チェックインを済ませ部屋へ入る。30分ほどして、門脇が何気ない風をよそおいエレベーターの方へと足を進める。こんなとき、都市ホテルのフロントの目は、新しくチェックインするお客への対応で、こちらには全く目が向けられない。
連絡されていた部屋をノックすると、中から笑顔をたたえて香澄が門脇を室内へ招き入れる。
こういう形で二人の偲びあいは続いていった。
知り合ってからの数ヶ月は、ホテルの部屋で愛を確かめ合うのに、執拗に時間をかけることが多い門脇であった。
香澄はそんな門脇の要求を喜んで受け入れてくれた。
門脇と香澄がはじめて出会ったのは、1年ほど前のこと。
雨の日の昼下がり、小さなケーキ屋の前を車で通りかかった門脇は、その店の前で佇んでいる30前後の女性に気がついた。
薄茶色に染めた長い髪、すらっとしたプロポーション、男ならつい注目してしまうような魅力をたたえた女性であった。
傘をかしげて途方にくれた表情をしている。
門脇は車を止めて思わず声をかけた。
「お嬢さん、どうしました」
「この店を出たとき、滑って足をくじいたみたいです。その弾みでパンプスの紐が切れてしまって・・・」
女性は雨の中、タクシーでも待とうとしていたのか。しかし、賑やかな繁華街ならともかく、人通りの少ない通りにはタクシーはなかなか現れそうにもない。
「家は近いのですか?私でよかったら送ってあげますよ」
自分のような中年男性が声をかけたら、ヤンワリと拒否されるだろうなと思いながら声をかけ、ドアのロックをはずした。
「ありがとうございます。あけぼの橋の近くのマンションに住んでいます。その近くまででけっこうです」
彼女は、こうしたことに慣れているのか。軽く片方の足を引きずりながら、ごく自然な様子で車に乗り込んできた。
車の中にジャスミン系の香りが広がる。
これが香澄との最初の出会いであった。
議員というのは、仕事の延長、仕事と無関係な立場など、それぞれで飲酒の機会が多い。
以前はよく通っていたクラブ「エトワール」に出かけるのは、数ヶ月ぶりであった。
そこでは、香澄との2度目の出会いが待っていた。