幻影の彼方(3)

 その夜、明日の議会用の資料に目を通していた門脇の携帯にあいつから連絡が入った。
「こんばんわ。先日資料を送っていただいた○○です」
「ああ、あんたか。結論は出ましたかな」
「それで、近々お会いした上で、もう少し詳しくお話をうかがって、決めたいと思いましてね。近日中にお会いできますか?」
「あいにく、今日から議会が始まったので、すぐにというわけには行きませんが、議会が終われば都合がつきますよ」
「それでは、議会が終わるころまた連絡することにします。お会いする日時と場所はそのときということで・・・」
 門脇の返事を聞かぬまま、電話は一方的に切られた。
 門脇は胸のうちで
・・・やっこさん、かなりあせってきたな・・・と、呟きながら再び資料に目を通し始めた。
 
 
 福都市で生まれ育った門脇洋三は、地元の大学へ進み卒業後は、病弱な両親の元で暮してきた経緯もあって、当然の成り行きのように、地元の就職を目指した。
 友人の父親から、市役所勤務はどうかと、勧められ、なんの疑問も抱かず採用試験を受け、すんなりと市役所勤務をスタートさせた。
 27歳のとき、その友人の妹と結婚、直後に両親は相次いで他界。
 このあたりから門脇自身の気持ちに大きな変化が表れ始めた。
 今までの、いつも他人任せで世渡りしてきた行動パターンは影をひそめ、自分なりに考え検討したことを具体化するための行動を起こす、そんな人間に変貌して言ったのだ。
 それまでは、職場でもどちらかと言えば、軽い感じの友人との付き合いが多く、世の中の変化やありように疑問を持つ、などということには、無縁の生き方をしてきた門脇であった。
 両親が他界して、家族への責任を感じ始めたとき、門脇の何かが変わった。
 行政や社会の矛盾、政治の裏舞台でささやかれる、聞くに堪えないうわさなどに関心をしめし、怒りの気持ちを周囲のものにぶっつけるようになる。いつしか、彼の周りには、これまでとは異質の仲間が増え始めた。
 職場の組合問題なども仲間と討論し合い、切れ味のするどい意見などが、門脇の口から出ると、職場の仲間が一目置くようになる。
 挙句、彼は組合の世話などを、必要に応じて引き受けるようになり、30代後半へ差し掛かったとき
「是非、市会議員の選挙に立候補してほしい」
 との、要請をたくさんの知人や職場の仲間から受けるようになった。
 熱心な組合の幹部からの説得もあり、福都市の市会議員選挙の候補者として、多くの人々の注目を浴びるようになっていった。
 強力な組合のバックアップのもと、見事、初陣を飾り、人口140万人の大都市の市会議員となったのである。
 議員一年生にもかかわらず、与党のベテラン議員や市の幹部を相手に、一歩も引かぬ舌戦を展開し、いつしか、福都市の議会では、うるさ方として多くの議員連中から煙たがられる存在になっていった。
 しかし、彼の議員活動には、普通の議員とは異なる特徴があった。
 門脇の選挙母体は、組合であるにもかかわらず、組合の幹部との交際が特に親密ではなかったこと、敵対する与党議員とも議会を離れると、飲み屋で親しそうに一杯やっている姿などが目撃された。
 つまり、敵とも見方とも、適当な距離感を保ちながら、議員活動を続けていくというのが、彼の特徴といえたのだ。
 いつしか、議員たちの間では、何処か秘密めいた空気が漂ってくる、つかみどころの無い奴だという人物評がささやかれるようになっていった。
 こうした姿勢を保ちながら、彼は2期目、3期目の選挙に当選し、現在をむかえていた。