リカレント教育(学び直し)の重要性


 先日の産経ニュースは、2017年12月の「人づくり」についての記事を挙げていた。
いつの記事であろうと、大事なものは時、ところを考慮することなく発信する必要がある。
 私はこの記事を見て、最近の日本人の国を想う気持ちは、どうなっているのかなどが気になった。

 というのも、若い人々の間には、現実を見据えて安倍政権を潰そうなどと声を挙げる左派の意見には懐疑的で、今の政権支持者が多いと聞く。
 反面、個人主義が浸透して、自分たちの幸せ、平穏無事で日々の暮らしが成り立っていることと、国家の役割が密接な関係を持つことに気がついていない世代が多いのではないかと思うのだ。

 その結果、国を愛する心などが、つい、希薄になっているのではないか。もちろん、愛国の気持ちは自分たちの生活の中から自然にわき起こる感情で、ことさら、愛国教育が必要だというのではない。
 しかし、憲法の欠陥、いざ有事となったとき今の状態で独立国としての対応が出来るのかなど、外国からの侵略を受けたとき、どうするべきかを国民一人一人が考えていくことは、大変重要だと思う。

 戦後、日教組の事実を捻じ曲げた教育が浸透し、学校現場でそれを学ばされた多くの人は、国を愛する気持ちが高まれば、戦争につながる。とか、日の丸を掲揚する、君が代を斉唱するのは、軍国主義の復活につながるというような、左翼独特の扇動にかぶれた日本人が増えたことは間違いない。

 だが、国を失った悲惨さ、難民となって世界の国々をさまよう。国外へ逃亡できない人々は、チベット東トルキスタンのように、国内での迫害に耐えなければならない。

 戦後日本が立ち直り、経済的な豊かさを勝ち取った中で誕生し育った人たちは、個人がある前提は、国家という安息の場が与えられているからこそなのだということに気がついていないのでがなかろうか。

 最近の政界は、モリカケ問題や官庁の隠ぺい体質など全てが時の政権の責任だと、他の重要な案件を放り出して、政争の具を積み上げている。

 その間にも、朝鮮半島問題、日米間の貿易問題、中国やロシアの独裁政権化など、我が国を取り巻く環境は決して楽観視できるものではない。

 国民が相当な覚悟を持って、眼前の国難に立ち向かえるような国へと発展させていかねばならないのではないか。

 はじめのリカレント教育へ話を戻そう。
学校という一種の閉鎖社会で受けた教育に問題があるとすれば、学業が終わったその後こそ”真の教育”を受ける絶好の機会だと思う。

 政府は、自虐史観にまみれ、日本は過去に戦争を仕掛けて、悪いことをした国だというレッテルをはがすことを、史実を通して学び直してもらう環境づくりを重視して欲しい。
 自分の国への誇りと自信を持つことから、自国に対する敬愛の心は自然に強くなる。
 そして、国防が自分やその子孫にとって、いかに大事かなどを学び取ることが出来れば、明るい将来への希望に繋がるのではないか。